第33話 屋上・サバイバル・デッド5




「なるほど、じゃぁ先生は騒動の際他の先生方を先導して脱出を試みたものの、途中で狂った生徒達の襲撃にあったため食堂の調理場に逃げこんだ。しかし、他の先生方はパニックから散り散りになってしまい、仕方がないので騒動が収まるのをその場で待っていた、というわけですね?」



食堂で食料を調達した後、教頭を屋上へ連れ帰った。


屋上の扉はあらかじめ決めておいた手順でノックしドアを開けてもらった。

出迎えてくれた一番は僕の顔を見た途端明るい表情をしてくれたが、後ろに続く教頭の顔を見た途端その顔は曇った。


理由はよくわかる。

教頭は生徒からの評判があまりよろしくないのだ。


他校では珍しいことのようだが、うちの学校では教頭が普通に授業を担当している。

選択科目である書道の担当だったためすべての生徒が教頭の授業をうけたわけではない。

しかし、その限られた生徒から聞く話が散々だった。


曰く、男女によって扱いに相当な差がある、自分の若かった頃の自慢話ばかりしている、その日の気分によって生徒を叱ったり叱らなかったりと勝手すぎる、などなど。


細かく上げればキリがないくらいによろしくない噂が絶えなかった。

ただ、幸いなことに僕自身は教頭の授業を受けたことがないため、これらの噂がただの噂であることを願うばかりだ。




「その通りだ一番君。私もなんとか他の先生達を助けてあげたかったんだがね。力が及ばなかったよ。本当に悔しく思う……」

一番の問いかけに答えながら、教頭は体をワナワナと振るわせていた。


教頭という立場もあり、あの騒動で他の先生達を一人も助けられなかったことを悔やんでいるのだろうか。

その割には体の震えが随分と能動的に見える。


「……わかりました。なにせ突然のことでしたからね。混乱の中、それでもできることをやろうとした先生の思いは立派だったと思いますよ」

一番が慰めの言葉をかけているが、どこかなげやりな様子が伺える。


「一番君……そう言ってくれるかね……」

教頭はクッと目頭を抑えて顔を逸らしたが、涙は出ていないようだ。


そんな時「あ、あの……!」とか細い声が会話に入ってきた。

いつのまにか4人の生徒が近づいてきている。


「ちょ、ちょっといいかな谷々……。その……食料はあったのか……?」

4人の先頭にいた小泉こいずみがおどおどとした様子で話しかける。

両手で学ランの裾をいじり、目線は合わせる気がそもそも無いように下を向いていた。


そんなに下を向いたらかけているメガネが落ちてしまうんじゃ無いかと心配になるくらいだ。



「手ぶらなとこ見ると食料見つけられなかったのか? それとも大して探しもせず逃げ帰ってきたのか?」

そんな小泉に続き赤間あかまがトゲトゲしい態度で話しかけてくる。


「まぁ行って帰ってこれたんだし、また行ってもらえばいいんじゃない? 食べ物見つけてくるまでさ」

2人から一歩引いたところで、胸のあたりまで伸ばした髪の毛を指先でクルクルといじりながら若生わこうさんが話す。

そのとなりではいつも若生さんと一緒にいる鹿野かのさんがキッと鋭い表情でこちらを見ていた。


そんな4人の様子を異世界組と松風以外の全員が我関せずといった顔をしつつ固唾を飲んで見守っている。


トラブルはゴメンだが話題は気になって仕方ないのだろう。


「……食料なら見つけたよ」

4人に向き直り端的に答える。


「あぁ!? 見つけたのに持ってこなかったってのか!? お前何しに行ったんだよ!」

前にいた小泉をおしのけ赤間が胸ぐらを掴んでくる。

バスケ部のキャプテンをしている赤間は身長が180cm以上あり、掴まれただけで少し背伸びするような格好になってしまう。


「ほらほら、謝ってさっさと取りにもどったほうがいいんじゃない? 俊太しゅんたは怒ると手がつけらんないよ?」

若生さんがニヤニヤと笑いながら近づいてきた。


……この2人はいつもこんな感じだ。


僕自身直接被害を受けたことはないが、小泉や沢田石あたりはいつも標的にされており、無理難題を押し付けられたり小馬鹿にされたりといったことが日常茶飯事だった。


以前学校の帰りに路地裏で二人が無理やり取っ組み合いの喧嘩をさせられている場面にでくわしたこともある。


大方小泉が最初に話しかけてきたのも、赤間に言われて仕方なく口火を切らされたのだろう。

卑屈にうつむく顔が僕をとらえ『君もこっちに来い』と訴えていた。



「おいおい君たちー、こんな時だからこそ全員の和というやつをだねぇ……」

教頭があからさまに『立場上』という様子で止めに入ろうとしていたが、その顔にははっきりと『面倒だ』と書いてあった。


「ねぇ一番、止めに入らなくていいの?」

心配した四方田さんが小声で話しかけるが、一番は微動だにしない。


その必要がないから。



「《一激いちげき》」



瞬間、赤間の体が宙に浮く。

胸ぐらを掴んでいる左手を捻り上げ、痛みにひるんだと同時に軸足を払った。


宙に浮く赤間の体を勢いよく地面にたたきつけ、うつ伏せに組み伏せる。


「がはっっ!!」


胸から直接着地することになった赤間は衝撃で肺の中の空気を一気に吐き出した。

みぞおちを打ち付けたのでしばらくは痛みが引かないだろう。

赤間は組み伏せられながら「ああぁぅうぅ!!」と体をよじって痛みに耐えていた。



教頭がポカンとした顔でこちらを見つめている。

恐らく屋上にいる大多数が同じ顔をしているのだろう。


「ごめんね。急だったから少し学ランが傷んだかもしれない」

うめく赤間を見下ろし淡々と告げる。


「げほっ! がっ! く、くそ! ふざけやがって! 放せぼけ!」

苦しそうにうめく赤間が威勢のいい声をあげる。

意外と元気そうだ。腕一本くらいなら折ってもいいかもしれない。


捻り上げた腕を逆関節になるよう少しだけ力を加える。

ギシっという骨の軋む手応えが掌から伝わってきた。


「あぁあぁ! 痛ってぇ!! やめろ! やめてくれ!!」

自由になっている方の腕でがむしゃらに空をかく赤間。

もちろんその手が背中の僕に届くわけもない。


「もちろんだよ。でもその前に約束して欲しいんだ。拘束を解いても暴れずに話をちゃんと聞くってさ。じゃないと……」


折っちゃうよ、と耳元で呟いた。



「わ、わかった! 聞く! 聞くから!!」

青ざめた赤間がようやく懇願したため腕を放した。


赤間は鈍く残る痛みに顔をしかめつつ、自由になった腕をもう片方の腕でおさえている。

折りはしなかったが健はだいぶ痛めてしまったかもしれない。



やれやれ、これでゆっくり話ができるな、と一息ついてあたりを見回すと、シーンとした空気が屋上全体に流れている。


ほとんどが『やばい人』を見る目でこちらを見ていた。


そんな中、一番だけがニヤニヤと僕を見つめている。

助け舟を出すつもりはなさそうだ。



ふぅ、とため息をつき「アネッロ」と唱えた。


収納物リストが空中に起動され、それを見た一般クラスメイトから「え? なにそれ?」という声があがる。


無言でリストを操作し、食堂で調達した食べ物を次々とその場に引き出していく。

最後に寸胴に入った中華卵スープを置くと、あたりに優しい塩気の匂いが漂う。


……まだまだ色々持ってきたがとりあえずはこんなところだろう。



トラブルはあったけど、当初の予定通りきちんと食料を調達してきたのだ。

これできっとみんなの『やばい人』を見る目は変わってくれるはず。


ちょっとした期待を込めて周囲に目線を向けると。


『やばい人』を見る目が『超やばい人』を見る目に変わっていた。


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