第32話 屋上・サバイバル・デッド4




チャリン



「「「ゔぁあぁああぁあぁあああぁ!!!!」」」



影から1組の教室の中に持っていた小銭を投げ入れる。

すると、廊下を彷徨っていたゾンビが一斉に教室へと突撃していく。


一通り近くにいたゾンビが教室に入ったのを確認し、出入り口の扉辺りにを置く。


「なんだそれ? っつかそんなもん持ってたっけ?」

松風の率直な質問が飛んできた。


「これはさっき一番が話してた向こうの代物だよ。聖水って言ってね。置いた近辺にゾンビが近よらなくなる効果があるんだ」


「えっ!? めっちゃすごくねそれ!? それがあればもうゾンビ怖くねぇじゃん!」

興奮した様子の松風を「まぁまぁ」という手つきでなだめる。


「ところがそう便利なものでもないんだ。近よらなくはなるけど、襲われないわけじゃない。獲物として認識されてしまったらあっさり踏み越えてくるし、この瓶一つにつき2mくらいしか効果がないんだ。100均の虫除けみたいなもので、効果はあるけど過信しちゃいけない。例えば近くで大きな声をだしたり、ドタバタと走ったりしようものならすぐにでも襲いかかってくる」


話を聞いた松風が「なんだ……」と少し残念そうな顔をする。

感情がそのまま顔にでるやつだ。



「ただ、武器として使えばそれなりに使えるよ。スプーン一杯くらいの量をかけるだけでその部分を溶かすことができるし、弱点に当てればそれだけで殺すこともできる」


一応「まだこっちでは試してないけど」と付け加える。


「溶かすって……ちょっと気持ち悪いな……」


まぁ気持ちいい話じゃないね、と肩をすくめてみせる。


「弱点ってのは? やっぱ頭?」

松風が人差し指と中指で銃の形を作り、自らのこめかみにあてる。

やはりゾンビといえばヘッドショットというのも共通の認識のようだ。


「その通り。正確に言えば脳の中枢神経系を破壊すれば殺せる」


「中枢神経?」


「まぁ大体脳の中心の辺りって感じだよ」


「へぇー、随分詳しいなぁ」


「向こうで色々あったもんでね。それと、これはもう一つの能力みたいなものなんだ」

「アネッロ」と唱えてスマホ画面ほどの収納リストを起動させる。



「!? なんだそれ!? スマホ!?」


「見た目はね。これも向こうで手に入れた物なんだけど、この指輪の中にいろんな物を収納していれたり出したりできるんだ。持ち運びが便利な箪笥みたいなものだよ。」


「いやどこが箪笥だよ。でもそれがホントならすげぇ便利だな。どういう仕組みなんだ?」


「それは僕にもわからない。それに、便利だけど不便なとこも結構あるんだよ」

ふーん? と不思議そうな顔をした松風だが、それ以上は特に追及してこなかった。

具体的な仕組や使い方にはあまり興味が無いのだろう。


実際聞かれてもわからないことの方が多いのでその姿勢は助かる。


「それじゃ行こうか」


話を終え、ゆっくりと壁から身を乗り出した。

1組の近くにいたゾンビは全て教室に隔離できたが、まだ続く廊下の先には沢山のゾンビがいる。


これを先程の物音作戦で教室に移動させ、聖水を置いて隔離していく。



単純な作業のようだが、一歩間違えば一気に大量のゾンビが襲いかかってくる。

そんな薄い氷の上を歩くような状況を理解しているのか、後ろに続く松風は物陰を出てから一言も喋らなかった。


順調に作業を終え、1組から6組までの廊下にいたゾンビは全て教室に隔離できた。


廊下の突き当たりは右手側に上階へとつながる階段があり、左手には職員室等の施設が並んでいる。

影から職員室側の廊下を見ると、数体のゾンビがふらふらと歩いているものの教室の廊下にいたほどの数ではなかった。


……これならわざわざ隔離しなくてもいいだろう。


後ろに続く松風に目で合図し、壁際から離れ廊下を左に曲がる。

そして曲がってすぐにある開けっ放しの扉の中を慎重に覗いた。


ようやく食堂に到達することができたのだ。


ザッと見る限り、中にゾンビの姿は見えない。

ゆっくりと部屋の中に侵入する。


続く松風が扉を閉めようとしたがそれは止めた。

ここの扉は引き戸になっているため、開閉の音が思っているより響く。


教室の方までは大丈夫だろうが、職員室近くのゾンビや、部屋の中にまだゾンビがいた場合は気付かれてしまうかもしれない。


松風の口元が「悪りぃ……」と小さく動いた。

先ほどまで強い緊張感の中にいたのだ、安全そうな室内に入り油断するのは仕方がない。


中に入り、改めて周囲を見回す。

教室1つ分程度の室内は長いテーブルと椅子が整然とならべられており、隠れられるようなところは無い。


荒れた様子がほとんどないところから、ここは騒動に巻き込まれずに済んだことがわかる。


その時ふいにふわっ、と中華卵スープの香りが鼻腔をくすぐった。

先程まで血生臭い廊下を歩いてきたこともあり、対照的な部屋の匂いが忘れかけていた空腹を思い出させる。


「……流石に少しお腹空いたね。さっさと調理場の方も確認しようか」

食堂の安全確認を終え、踵を返して調理場のドアへと向かう。


しかし、松風は「お前マジか……。あんだけの血やらゾンビやらグロいもんみたばっかで、俺全然食欲ねぇんだけど……」と呆れた顔をしていた。


そう? とだけ答えながら調理場のドアノブに手をかけゆっくりと手前に引く。

そうやって少しだけ開けたドアの隙間から中を覗き込んだその瞬間。



「ふひいいいぃいい!」


突然、両包丁を握りしめた男が部屋の奥から猛然と突進してきた。


しかし、大した勢いでもなかったのでそのままドアを完全に手前に引いて開け放ち身をかわす


「へ?」と虚を突かれた男が間抜けな声を出したが、一度つけてしまった勢いは殺せなかったらしく、そのままドアを通り越して食堂へ飛び出してきた。


「《一激いちげき》」


その出足をひっかけ、男を転ばせる。

倒れ込む寸前、ちょっとだけ手を貸して男の襟首を掴み衝撃を逃した。

当然首には男の全体重がかかるので「ぐぇ」っというカエルを潰したような声が漏れた。


それを確認し、すぐに手を離すと男は顔面から床に着地を決め鈍い音とともに「ぁん!」という汚い声が聞こえた。



「なんだこいつ!?」

松風が驚いて声をあげるが、なんとか叫ぶのは我慢してくれた。


「さぁ? いきなり突進してきたんだよ」

答えながら男が倒れ込んだ拍子に手放した包丁を拾い上げる。


男は顔面を両手で抑えながら「ひぐぅ」と小さな声で悶絶している。

叫ぶようならその首に締まっているネクタイを全部口に詰め込んでやろうと思ったが、その必要は無さそうだ。


……あれ? ネクタイ?



指の隙間から顔を覗き込むとその顔には見覚えがある。


どうやら松風もその正体に気づいたらしく、こちらを向いて問いかけてきた。



「谷々、こいつ教頭じゃね?」


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