第31話 屋上・サバイバル・デッド3



「……それにしてもみんなひでぇよな。いくら能力があるって言っても谷々一人で行かせるなんてよ」

後ろで松風が小さく毒づいた。



いざ出発、と屋上のドアを開けたところ、松風が「俺もいく!」と言ってついてきたのだ。


行っても死ぬ可能性の方が高い、と伝えたが「どうせ谷々が失敗したら他の奴がじゃんけんでもしていくことになるんだ。だったら今谷々についてった方が生き残れそうだ」と聞く耳を持たなかった。


打算的なことをいいつつも本当は心配してくれているのだろう。


「特に一番の奴、ありゃなんだよ。リーダー気取りで仕切ってる癖に自分が危ねぇことは周りの意見聞いたフリで谷々に投げやがって」


できるだけ足音を立てないように階段を降りていくが、その最中も松風の愚痴は止まらない。

松風の意見もわからなくは無いが、どちらかというと私情だろう。


誰からも好かれる一番だが、そんな奴だからこそ嫌う人間もいる。


「お前もたまには言い返さないといいように使われるだけだぜ? だいたいよ……」


よほど腹にすえかねているようだが、そろそろ目的の1階まで辿り着く。

おしゃべりはここまでとしなければならない。


無言で後ろを振り返り、唇に人差し指を立てる。

それで察したのか松風はさっと口を閉じた。


幸いここまではゾンビと遭遇せずに来られたが、ここからはそうもいかない。


最後の数段をゆっくりと降り踊り場の影から廊下を覗き込むと、数体のゾンビが廊下をうろうろしていた。

影になっていて見えないが、恐らく教室の中にも複数のゾンビがいるはずだ。


ここから教室6つ分の廊下を通り抜け、突き当たりにある食堂で食料の調達をする。

騒動が起こったのは2限の終わりだったため、恐らく今日の分の食材がまるごと残っているだろうという予測だ。


「んで? どうするつもりだ?」


「……とりあえず確認かな」

手短に答え、途中で拾ったシャーペンを廊下の奥になげる。


カチャン、という軽い音が鳴った。



「「「ゔああぁあぁ!!!!」」」

その音に反応したゾンビががむしゃらにシャーペンの落ちた辺りへと突進する。


ゾンビ同士の肉が激しくぶつかり合う音が聞こえたが、当のゾンビ達はそれを気にする素振りもなかった。


……やっぱりか。

次は……。


「!? お、おい……! 谷々、待っ……!」



踊り場の影からゆっくりと身を乗り出す。

慌てた松風が声をあげようとするが、それを後ろ手で制した。


物陰から全身を晒す。

一番近いゾンビまでは5mとないだろう。


その白濁した顔がこちらを向いた。



一瞬の沈黙。




しかし、ゾンビが襲いかかってくることはなかった。

ふい、と顔をそらすとまた他のゾンビ同様呻きながらゆっくりと徘徊し始める。


ふぅ、と一息ついて横を見ると、松風が飛び出しそうな目でこちらを見ていた。



一旦物陰へゆっくり戻る。


「なにしてんのお前!? 馬鹿なの!? もしくはすごい馬鹿なの!?」

松風が小声で怒鳴るという器用な真似をしてみせる。

すごい馬鹿とは心外な。


「心外な顔してんじゃないよ人外が!」


ごめんごめん、と軽く謝りつつわかったことを説明する。


「今ので大体わかったけど、あいつらはほとんど目が見えてない。はっきりとは言えないけど、恐らく自分の手元くらいまでの距離しかはっきり見えてないんだろう。ただ、その分音には敏感みたいで小さな音にもすぐ反応し、がむしゃらに突っ込んでくみたいだ。そして……その身体にもはや痛みなんてものは感じないらしい」


「そういうことかよ……でも、なにも自分で実験しなくたって……」

松風が本気で引いた顔をしている。


「まぁお前らしいっちゃらしいか……。しっかし、俺も詳しいわけじゃねぇけど、それっていわゆる映画とかドラマとかに出てくるゾンビまんまじゃねぇの?」


そう、誰しもが想像するままのゾンビ。

そして向こうで退治してきたゾンビそのままだ。


現実世界で想像されるゾンビと、異世界で実際に存在したゾンビ。

その特徴が寸分たがわず一致している。


……この奇妙な符合はなんだろう。

まるで絵柄のわからないパズルのピースが勝手にハマっていくようだ。



「谷々……? どうした難しい顔して」

松風が怪訝な顔で尋ねる。


「いや……なんでもないよ。これならなんとかなるかもしれないと思ってね」


「え? どういうことだ?」




「楽しいゾンビ対策その1だよ」

そういってニッコリと笑ってみせたが、「お前相変わらず笑顔下手だな」と一蹴されてしまった。


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