第27話 学校・リビング・デッド6


自分たちのことで精一杯だった僕らは廊下に出て愕然とした。


壁は鮮血に染まり、窓は割れ、床には教科書やジャージが散乱している。

廊下の先を見ると、そこには倒れてピクリとも動かない生徒や取っ組み合いをしている教員、必死に助けを求めながら数人に喰らいつかれている女生徒などで溢れかえっていた。


正に地獄絵図。


唖然と立ち尽くす僕らに対し、近くでうずくまっていた男子生徒が白濁した目をこちらに向ける。


「きゃああぁあぁぁ!!!」

「ひっ! こ、こいつもおかしいぞ!」


東海林先生と同じ狂った様子を見て、何人かが悲鳴をあげる。

すると、その悲鳴に反応した生徒が勢いよく飛び掛かってきた。


「《サイレンとナイト》!!」


一瞬で反応した四方田さんが叫ぶと、空中に人間の形をしたもやのようなものがあらわれ、手にした剣で襲い掛かってきた生徒を押さえつける。


どうやらこれが四方田さんのエゴらしい。


しかし、《ナイト》という割に手にしている剣は日本刀だし、甲冑ではなく鎧のようなものまで着ている。

それだけ見れば侍なのだが、頭のテッペンだけ剃り上げられた長髪という不自然な髪型により、完全に落武者にしか見えない。


「八重! !?」

四方田さんのエゴに圧倒されていると、隣で一番が叫んだ。


「くっ……! どす黒い赤ってところ! 結構嫌な感じ!!」

四方田さんが応えたもののその声に余裕はない。


別に四方田さんが直接戦っているわけではないようだが、どこか苦しそうだ。


「危険度は中の上ってところか、不味いな……」

一番が小さく呟き、暗い顔をする。


やりとりの意味は分からないが、恐らく2人の間だけでわかる何かがあるのだろう。


「皆走って!」

切羽詰まった様子の四方田さんが落武者をその場において走り出す。

突然現れた落武者にポカンとしていた皆んなはその声で我に帰り、四方田さんに続いて走り出した。


どうやら落武者は襲ってくる生徒から守ってくれるものの、倒す力はないらしい。

その場での足止めが精一杯のようだ。


しかし、先頭を行く四方田さんは生徒が襲いかかってくる度にエゴを使用して次々と落武者を生み出している。


足止めが精いっぱいでも連発できるならこの場は切り抜けられるかもしれない。


最後尾を走りながらそんなことを考えていると、扉の空いていた教室から血まみれの生徒が飛びかかってきた。


その目は白濁し、焦点があっていない。


「《一激いちげき》」


そんな生徒の突撃を常人ならばまず不可能な反射と体捌きでかわし、ついでに膝頭を蹴りつけて足の骨を折る。


こうしておけば少なくとも走って追いかけてくることはできない。


「流石だな、谷々。君が討伐隊にいてくれたらもっと早くこっちに戻ってこられただろうに」

一番が並走しながら話す。



……魔王に膝蹴りが効くとは思えないけどなぁ。



3組の教室から屋上に続く階段まではほぼ一直線だ。

1.2組の教室の横さえ通り過ぎれば階段に到着する。


すでに最後尾である僕も2組の教室を通り過ぎ、先頭の四方田さんは階段までたどり着いていた。

逃げる途中、まだ無事だった生徒達が複数合流し人数は最初の倍くらいになっている。


おそらくこれがこの階にいる最後の生存者だろう。


先頭集団が階段を登り始めた。

それに後続の生徒達が続いていく、しかし、当初より生徒が増え長くなった列が仇となる。


集団後列の数人が、階下からやってきた者達によって組み伏せられそのまま餌食となってしまったのだ。


友人が喰われていく様を目の前で見せつけられ、その場にへたりこむ生徒や階下へ逃げだす生徒など後列はパニックになっている。



「下に行っちゃだめだ!! くそっ! 全員には手が回らない――! 生き残った人だけでも屋上に向かってくれ!」

一番の焦った声が廊下に響く。


一番と協力し、へたりこんでいた生徒を何人か無理矢理立たせる。

その際襲ってきた生徒はことごとく足を砕いた。


一番も飛びかかって来る生徒を器用に捌き、壁に叩きつけたり、他の生徒にぶつけたりしている。


これは一番のエゴではなく、持ち前の体術だ。

もともと空手を嗜んでいた一番だが、異世界を闘い抜いたことでキレが増しているように見える。


しかし、この場は善戦しても明らかに多勢に無勢。

階下、そして4組の教室の方からも更に大量の狂った生徒達が向かってきている。


……ここはもう保たない。


一番に視線で合図を送ると、彼も同じことを悟ったようだ。


視線を僕から外すと、数人に喰らいつかれている男子生徒の手を握っていた女生徒を抱きかかえ、一目散に屋上へ駆け出した。


「そんな! いや! いやぁあぁあぁあ!! 離してぇ! 将伍しょうご! 将伍おおぉお!!!」


女生徒の悲痛な叫びが階段にこだまする。


横を走り抜ける時、将伍と呼ばれた男の顔をみた。


もはや自分が助からないことを悟ったのか、その口は「よろしく」とだけ微かに動いた。

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