第19話 学校にて


「頬杖もつかずに寝るとわぁ、器用なもんだなぁ谷々ぁ」


気がつくと視界が教科書によって左右に割れていた。

そして額がちょっと痛い。


それが、戻ってきてはじめての感覚だった。

どうやら国語担当の腰山に教科書で額を叩かれたらしい。


隣で松風がニヤニヤと笑っている。

随分と懐かしい顔だ。


……本当に帰ってきたのか。


じんわりと、冬の日に暖かいスープを飲んだように実感が湧いてくる。


「……はい、でも貧乏なんですよ」


「たわけぇ。ちゃんと聞いとけよぉ」

そう言うと腰山は教壇へ帰っていく。


「珍しいじゃねぇか谷々、お前が授業中に寝るなんてよ」

松風がヒソヒソと話しかけてくる。


寝てた、ということになっているのか。

まぁ、こちらでもきっちり1年経っていたら大変困ったことになっていたのだが。


「長まばたきだよ。寝てない」

自分でもよくわからない言い訳をしつつ、松風に尋ねる。


「僕はどれくらい寝てた?」


「さぁー、俺が気づいた時には寝てたけど10分くらいじゃねぇ?」


そんな程度か。

体験した時間に比べてあまりに短い現実の時間に少しだけ驚く。

まぁ、実際夢のような話なのだ。

そんなものなのかもしれない。


というか本当に夢だったんじゃないか?と一瞬疑ったが、右手を見てそうでないことを確信する。



人差し指に慣れ親しんだ指輪がはまっていたからだ。

きらり、と指輪の宝石が輝いた。


……夢じゃない。

となれば他の5人も。


そう思ってそれぞれの席に目線を向けると、最初に目があったのは一番だった。


無言でこちらをみつめ返し、それからこくりとうなづいた。


……間違いない、やはりみんなも向こうに行っていた。

一番も僕を見て確信を得たのか、隣に座る四方田さんに何事か耳打ちし始める。


あの世界について確認しているのだろう。

できれば今すぐその会話に参加したいところだが、流石に授業中に立ち歩き「異世界行ってたよね?」と話し出す勇気は無い。


授業が終わるのを待とう、そう考えていると



「おい、一番! どうなってんだこれ!? 俺らさっきまであの変な世界にいたよな!?」


……勇気ある者が現れた。御法川だ。


彼は自分の席を立つとずかずかと一番の席へ進み、周りの「え? あの人どうしたの?」という視線をものともせずに話し出した。


「おめぇらも行ってたんだよな!? 俺だけの夢ってわけじゃねぇだろ!?」


「御法川、落ち着いてくれ。その話はまた後でちゃんと……」


周りの空気を察してなんとか御法川をなだめようとする一番だが


「落ち着けるわけねぇだろ! ってかその反応はやっぱおめぇらも行ってたんだよな!?」

むしろヒートアップする御法川に一番が困ったような顔をしている。


そんな2人を見兼ねたのか


「おい御法川ぁ授業中だぞ! 自分の席に戻れぇ!!」

教壇から腰山の怒号が飛ぶ。



「るせぇ! こっちはそれどころじゃねぇんだ! おい一番! さっきのあいつは一体……」


腰山の怒号に一切怯むことなく怒鳴り返す御法川、そんな2人のやりとりにざわつき始める周りの生徒達。


その場が収集のつかない様子になりつつあったその時


がしゃん!!

「きゃあぁあぁ!!」


何かが倒れる音と、生徒の悲鳴が聞こえた。


尋常でない悲鳴にクラスの視線が一斉にそちらを向き、次いで倒れたものに向かう。



そこに横たわっていたのは白目をむき、口から泡を吹いている沢田石礫の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る