第18話 帰還


「……が勇者、によって倒されました。リコールが開始されます。特典を選択してください」


音に続けてなんとも説明不足なアナウンスが流れる。

この雑な感じにも聴き覚えがあった。


……『リコール』、『特典』といったよくわからない内容もあったが、少なくとも僕らの共通の目標は達成されたのだろう。



下の方からくぐもった声で「うっうっ」と嗚咽が聞こえる。

自分の目的が叶わず泣いているのだろう、かわいそうに。


男の背中でこれまでの約1年にわたる異世界での生活を思い出し、感慨にふけっていると、足元から眩い光が発せられた。

一瞬男がなにかしたのかと思ったが、すぐに違うとわかる。


この光には見覚えがあったからだ。


あの時と同じように身動きがとれない中、光が強くなっていく…………。


恐らく、来た時と同じようになんらかの力で元の世界に戻されるのだろう。

……まだアッカーマンに挨拶できてないんだけどな。


少しだけ後ろ髪を引かれつつ光に身を委ねる。

まぁ、きっと彼なら「次に来る時はお土産を頼むよ」とでも言って最後の言葉にするのだろう。


光りが更に強くなり、辺りの景色が白く飛んでいく。

そして瞬きのように一瞬発光すると、目の前の景色が一変していた。


「……あれ?」


予想していた景色と異なる光景に思わず声が漏れる。

そこがコンクリートを打ちっぱなしにした狭い部屋だったからだ。


家具でも置いてあればおしゃれなマンションの一室と言った具合だが、肝心の出入り口がない。


どうしたものかとキョロキョロしつつ視線を正面に戻すと、いつの間にかそこに男が1人立っている。


男、と表現したもののそれが正しいかはわからない。

その顔は黒いもやのようなものがかかりはっきりとわからないからだ。


ただ、着ている服が黒いスーツのためひとまず男と断定した。


「これから特典を選択していただきます。選択が終了すると元いた場所へ戻されます」


突然男から声が発せられる。

この部屋くらい無機質な口調だ。


「特典、というのは?」

会話できるのかわからないものの、試しに話しかけてみる。


「あなたがこの世界で手に入れたもの、それを2つまで元の世界に持ち帰ることができます」

意外にも男はすんなりと答えてくれた。


「なんでもいいんですか?」


「なんでも構いません」


「それなら……この指輪とエゴでお願いします」


「かしこまりました。……登録は無事完了しました」

淡々とした口調が続く。


「それではこれより元の世界に……」


「ちょっと待ってください」

事務的に進めようとする男を制止する。


「いくつか聞きたいことがあるんですが、構いませんか?」


「3つまで可とします」


「ありがとうございます。まず、なぜ僕らが選ばれたのでしょうか」

なぜ3つ?という疑問を感じながらも当初から聞きたかったことを尋ねる。


「自我の発達が完了していないからです」

……この要領を得ない感じ、こいつがあの世界に響き渡る声の正体だろうか。


「あの世界はなんですか?」


「あなた方人間のです」

……要領を得ないどころか答えにもなっていない。


質問を深掘りしようにも3つしか聞けないとすると、あと一度しか聞くことができない。


それでこれまでの質問の要領を得ることは不可能だろう。

それならば。


「最後に一つ、あなたは誰ですか?」

今まで淡々と答えてきた男が黙る。


そして


「……『誰』ときたか。『神ですか』とか『何ですか』とか聞くやつは多いんだがな」

男はそれまでの雰囲気とはうってかわり、急に人間味を感じる口調になった。


「まぁルールはルールだ。教えてあげよう

…君とはまた会えるかも知れないからね」


男がそう言うと同時にまた足元が光り始める。


また別の場所へ飛ばされるのだろうか。

……まだ答え聞いて無いんですけど。


「質問には答えるが、これくらいのズルは許して欲しいね。大人はズルいものなんだよ。私は……」

そう話す男の声が、光りが強くなるのに合わせて聞こえなくなっていく。


しかし、それにつれて男の顔を覆っていたもやがすこしずつ晴れ、口元だけがかろうじて見えた。

まだなにか話しているようだが、もはや男の声は聞こえない。


ズルってそういうことか。

確かにズルいなぁと思いながら光に包まれていく視界の中で男をみつめていると。


男はひとさら強調するように口を開け、閉じて、また同じように開いた。


恐らく3文字の言葉。


それが男の名前だろうか。

しかし、その意味を充分に考える暇もなく目の前が完全に光に包まれてしまう。



そして次の瞬間、頭に強い衝撃を受けた。

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