第17話 異世界にて14
ふわりと男が空中に浮いた。
スピード感のある動きではなく、シャボン玉のような緩慢さだ。
……これが男のエゴか。
そのまま2mほど浮き上がって男は静止する。
「はぁ、はぁ、痛いぃ……! クソ! 本当に刺すなんて人間の風上にもおけないやつめ! は、恥を知れ!」
どの口が言ってるんだろう。
「うぅううぅ……しかし! これでもう俺を傷つけることは出来ない! 離れたのにナイフしか出してない時点でお前のエゴは良くて近接系だ! 俺みたいに飛べるならそもそも徒歩で街道を移動したりしないだろ! ずっと見てたんだから間違いない!」
自分が優位だと確信した人間ほど饒舌になる。
男は痛みで額に脂汗を滲ませながら、勝ち誇るように話す。
「なるほど。便利なエゴですね」
街を出てからここまで、前後に人の姿はなかった。
なのに男が急に現れたのはそういう理由か。
「そういうことだ。お、俺は慎重なんだ。他の馬鹿どもとは違う! 100%勝てるって時しか戦いを挑まないのさ! へへっ……」
必死に勝利の笑みを浮かべようとしているのだろうが、痛みに耐えきれておらず余計に辛そうな表情に見えてしまう。
「そうですか。でもまだ僕の攻撃が届かないってだけであなたも同じ状況ですよね」
何かあるならさっさと見せてくれ、というあからさまな挑発だがはたして。
男は「はははっ!」と精一杯の高笑いをして応えた。
「馬鹿が! だからお前は頭が悪いってんだよ! アネッロ!」
男は右手を掲げ、自らの指輪を起動した。
どうやら何か道具を出すつもりらしい。
それだけわかれば充分。
「《
地面を蹴り、男に向かって全力で走る。
慌てた男の顔、何か操作する右手、ちょっと待ってと言わんばかりに差し出された左の掌、逃げようと少しずつ浮き上がっていく身体。
一つ一つの動作がひどくゆっくりに見える――――。
男の手前で思い切り地面を踏み切って飛び、浮かんでいた男の足を掴んで地面へ叩きつける。
肺の空気を全て押し出された男が「げぼっ!」と醜い声をあげた。
「っ〜〜〜〜〜!!!」
声にならない声をだしてのたうち回る男。
そのみぞおちに思い切り蹴りをいれる。
「きゅわえぇ!」と甲高い悲鳴をあげ、男はその場で芋虫のように丸くなった。
すぐに収納から縄を取り出し、男をうつ伏せに拘束する。
さらに布を取り出して男の口に詰めておいた。
これでエゴも使えない。
拘束した男の背中に座り、ようやく一息つく。
下から「ふぐぅ」と言う苦悶の声が聞こえた。
「すみません。地面に座ると服に砂がつくので」
丁寧に断りをいれ、収納から黒パンと皮の水袋をとりだす。
硬いパンを一口かじり、それを水で流し込んだ。
入れてから時間のたった水は温く、皮の臭いが染み付いている。
思えばこんな食事にも随分慣れてしまったな。
男の背中で感慨に耽っていると
「ポーン」
という軽々しい音が世界に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます