身体くらいにしか価値がないと思う。安奈は、いつでも。

 白くぴんと張りきった肌に、豊かな乳房。肩や足にも白い脂肪が乗っていて、見るからにやわらかく、誰だって指を沈めて見たくなる。安奈はそういう身体をしていた。

 中学を卒業してから今までずっと、その身体一つで男の気を引き、飯を食ってきた。

 セックス。肉体。それを拒まれると、安奈はそのほかの人との関わり方が分からなくなる。

 ユキとは仕事で何度だって身体を重ねた。青井とだってそう。それにそもそも青井は安奈と同じように、セックス以外でのコミュニケーションなんて取れない人種だ。

 それなのに祐一がいつでも安奈の身体を拒むから、安奈には行き場がなくなってしまう。

 「……帰る。」

 手を離し、そう言っても、祐一は安奈を引き留めてはくれない。これから青井のところに行くことだってばれているんだろう。

 肉体以外のコミュニケーションツールを持たない者同士、青井といるのはいつでも楽だった。それを知ってか知らずか、女の家を転々としていて居場所が常時よく分らない青井も、安奈だけには携帯電話の番号を伝えている。

 駆け足で階段を下り、祐一宅を飛び出しながらスマホを耳に当てる。

 「安奈? どうした。」

 二回目のコールで電話に出た青井は、いつも同様ヘラヘラしていた。

 「青井、今どこ?」

 安奈が一番自分の感情をそのままぶち当てられる相手は、今も昔も青井だ。欠落の仕方が似ているせいもあるし、ユキと祐一の輪姦を止められなかった同士でもあるからだろう。

 「遠征中で、観音通りにはいないんだ。来るなら住所教えるけど。」

 「行く。今から」

 「おお、来い来い。」

 「ねえ、そういえばあの子どうしたの?」

 「あの子?」

 「あんたがパパになってた子だよ。」

 ふと思い出して問うてみる。確か青井は一年ほど前、観音通りで父親ごっこをしていたはずだ。そしてそのあとすぐ、観音通りからいなくなった。遠征、なんて言ってどこか別の繁華街でヒモ生活を続けているらしい。

 ごく小さく、電話の向こうで青井がため息をついた。安奈に対してではなく、自分に向かっての溜息だとすぐ分かるような、絶妙な間があった。

 「……会ってないよ。俺は、教育によくない。ユキの言ってた通りだな。」

 「ユキ? ユキの言うことって、いつでもだいたい正しいよ。」

 ほとんど考えもなしに口にした台詞だったが、青井は妙に重い息をついた。

 「そうだな。」

 その声を聞いて安奈は、裏切られたかもしれない、と思った。

 青井はもしかしたらあの短かった父親ごっこの間に、肉体関係以外のコミュニケーションツールを発見してしまったのかもしれないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る