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「俺もユキも観音通りを離れられなかった。ユキは今は出て行ってるけど、愛人契約が切れたら多分戻って来るだろうし、年とって本当にもう金が稼げなくなるまでは、街灯の下に立つだろうね。俺も、多分ずっとここで保育士をやってる。青井も、観音通りでヒモ稼業を続けるんだと思う。でも、それは全部全く安奈のせいではないよ。たまたまそうなっただけだから。」
たまたまそうなっただけ?
そんなことは、安奈には信じられない。だから膣が切れても、上からも下からも注がれる精液でお腹を下しても、乱交で金を稼ぐのが止められない。
「……責めてよ。」
泣きそうになりながら、安奈は言った。
目の前の祐一は、静かな顔をしていた。静かな、涼やかな、安奈を宥めるためだけの顔をしていた。
「責めてよ。誰も責めてくれないから、私は私を責めないといけないんだよ。」
我儘を言う子供みたいな口調。その自分の声や物言いにまで腹が立つ。こんな時でも媚びるみたいに甘ったるく伸びた語尾。
安奈はその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。
とん、と、肩にやわらかな重みが乗る。分ってる。祐一の掌だ。
「責めないよ。安奈は悪いことなんてしてないんだから、責めようがないよ。」
嘘だと思う。
だって、本当に安奈が悪くないならば、誰も悪くないならば、どうしてユキは観音通りの男娼なんてやっているのか。どうして祐一は観音通りで保育所などやっているのか。どうして青井は観音通りでヒモなんかやっているのか。
この街で、祐一の母親は輪姦された挙句、死んだ。どうして、そんな街で。
「ユキは、自分のお母さんと同じ道を選んだだけ。別に安奈のことがなくても男娼にはなってたよ。女装癖だって昔からじゃない。青井のヒモ体質だって中学入る前からだし、安奈のせいじゃない。俺がここで保育所やってるのだって、この街に保育所が必要だって判断しただけの話だよ。」
慰め。何度目になるかも分からないそれ。
安奈は肩の上の祐一の掌を両手で掴まえた。祈るように、その手をぎゅっと手挟んで、自分の額に押し付ける。
「抱いてよ。お金、いらないから。」
沈黙。これも、何度目になるか分からない、深くて暗い沈黙。
「できない。ごめん。」
この返答だって、何度目になるか分からない。
抱かれたいと思うのだ、いつも。この優しい男に抱かれれば、なにかが変わるのではないかと、むやみやたらに闇の中を彷徨ってるみたいに、それは、とても強く。
けれど、祐一が安奈の肉体を受け入れたことはない。これまで一度も。
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