夕佳が青井に電話をかけたのは、その雨の日から一週間が経った日の放課後だった。

 体育倉庫の中は、寒かった。セーラー服の胸元もスカートも滅茶苦茶にむしられ、びりびりに破れているから尚更だ。

 油断した私が悪い。

 右手で携帯電話を握りしめて耳に当て、左手でセーラー服の胸元を掻き合わせながら、夕佳は自分に言い聞かせる。そうでもしなければ、多分今頃発狂している。

 いつもみたいに観音通りのみんなと帰ればよかったのだ。それが今日に限って、体育倉庫の片づけを体育教師直々に頼まれた。おかしいと思うべきだった。夕佳は体育委員でも掃除当番でもないのだから。でも、いくらなんでも教師までグルだとは思わなかったのだ。

 先に帰ってて、と言うと、渚は心配そうな顔をした。それを、大丈夫大丈夫、と追い帰したのは夕佳だ。本当に大丈夫だと思っていた、まさか自分がこんな目に遭うとは思っていなかった。

 五回目のコールで、青井は電話に出た。

 「どうしたの、夕佳ちゃん。」

 「……迎えに来て。」

 「……いいよ。どこに?」

 「体育倉庫。」

 短い沈黙があった。

 夕佳は、青井がアキレス腱を切られた時、多分ユキとユウイチとかいう人たちも、体育倉庫で輪姦されていたのかもしれない、と思った。ほとんど確信に近い強さで。

 「今すぐ行くから。」

 「……うん。」

 体中が痛かった。抑え込まれていた腕も脚も、殴られた腹や肩も、散々な目に合わせられた膣やら胸やらも、多分全部傷だらけだろう。

 暗い体育倉庫で、夕佳は10分間青井を待った。その間なにも考えてはいなかった。多分、脳の防御反応だ。

 10分後、体育倉庫に駆け込んできた青井は、夕佳の身体にすっぽりと自分のコートを被せた。

 「立てる?」

 「……多分ね。」

 「病院行こう。あとは警察も。」

 「嫌だよ。ママの職業ばれたらまずいのはこっちだからね。」

 電話越しの時と同じ、短い沈黙。

 その後青井は、慎重な動作で夕佳に肩を貸して立ち上がらせた。

 いつだってそうだ。観音通りの子供たちには、探られたくない腹がある。そのおかげで、こういう目に合わせれた時に泣き寝入りする以外に方法はない。

 「淫売だからヤッてもいいんだって言ってたよ。ママが淫売だから、淫売の子どもも淫売だってさ。」

 一歩歩くごとにギシギシ痛む身体を引きずりながら夕佳が言うと、青井は彼女の身体を支えながら首を横に振った。

 「そんなの全部、向こうの性欲の言い訳だから。」

 性欲の言い訳。

 その言葉を聞いた途端に、なぜだかぽろっと涙がこぼれた。

 「ママにはばれたくない。」

 「小夜ちゃんには買い物頼んできたから。」

 「気が利くじゃん。」

 「二回目だからね。」

 涙は右目からの一筋で終わった。そのことに、夕佳は心から安堵した。



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