5
無理なのかな、と、もう一度青井は呟いた。さっきと完璧に同じトーンだった。
妙な幼さを発散させる青井を、夕佳は片頬だけで辛うじて嘲笑した。なにを言い出すのだ、この男は。
「なに、言ってんの。」
まさか本気ではあるまいと、半ば以上バカにしたような夕佳の声に、しかし青井はいやに真摯に応じた。
「小夜ちゃんのことも、夕佳ちゃんのことも、俺、好きだよ。それじゃあ、駄目なのかな。」
「……駄目って、なにが?」
「家族にはなれないの?」
ふと、渚の言葉を思い出した。父親であってもなくても好きな人と一緒にいるのはいいことだと、彼女は言った。けれど夕佳は、背後の男のことを好きでさえない。どちらかと言えば、嫌いですらある。
「なれないよ。」
だからきっぱりと、夕佳は言った。
「家族って言うのはね、血がつながってる人のことか、結婚してる人のことを言うの。そうじゃなかったら家族って言わないの。」
自分の心も、どうしようもなく削る言葉だった。夕佳には生まれつき父親がいない。母にも多分、誰が夕佳の父親なのかは分かっていない。
そうかなぁ、と、青井が言う。その言葉は、いやに無防備に響いた。空の色が青いのはなんでかなぁ、なんて言う子どもみたいに。
だからそれ以上、夕佳はなにも言わなかった。ただ、背後の青井を振り返り、そうだよ、と目だけで言った。そして、ようやく整った呼吸を確かめるように幾度か深く空気を吸いこんでは吐き出してから、青井の傍らをすり抜けた。
母が、きっと心配して家で待っている。だから、帰らなくては。
当然のような顔をして、青井が夕佳の隣に並んだ。
どっか行って、と言うには今の夕佳は疲れすぎていた。
薄墨の色が空気を染める、寒い寒い冬の夕方だった。
「無理だからね。いくらうちにいたって。」
念を押すように傍らの青井を睨み上げると、彼はちょっと眉を下げるようにして、うん、と頷いた。それはやはり、どこか幼い仕草だった。
長距離をやっていたというグラウンドに、この人はなにか大切な体か心のパーツを置き忘れてきているのかもしれない。そのパーツを、大人になった今、なんとか拾い集めようとしているのかもしれない。
そんなことを、ぼんやりと夕佳は思った。
そして、だからってなにをどうして置き忘れたのか、彼に尋ねるどころか想像する気さえないくせに、と、そんな感傷的な自分を自分で薄ら疎ましく思った。
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