3
学校が終わり、いつものように集団下校をし、アパートのドアを開ける。
すると青井がリビングで、せっせと掃除に精を出しているのが見えた。
黙ったままリビングを通り抜けて自室に籠ろうとする夕佳に、男が朗らかに声をかけてくる。
「お帰りなさい。学校、どうだった?」
夕佳は黙ったまま男の背後を通り抜け、自室に入った。ドアを閉め、その場にしゃがみ込む。両手でセーラー服の肩を抱くと、自分が震えていることがよく分った。
不安。
母がなにかを拾ってくるたびに感じる不安がある。
母は満足していないのではないか。夕佳との2人暮らしに。だから酔っては目についたものを拾ってくるのではないだろうか。
子猫より、赤ん坊より、成人男性は夕佳の不安を刺激した。
夫のいない、娘との二人暮らし。
その暮らしに、小夜は嫌気がさしているのかもしれない。
どれくらいそうして自分自身を抱いて蹲っていたのか、こんこん、と、控えめにドアが叩かれた。
「夕佳?」
母の声だった。
「ご飯、食べましょう。」
母が夕方から仕事に出るので、夕佳と母は毎日五時前に早めの夕食をとる。
短い躊躇いの後、夕佳は立ち上がってセーラー服の襟を直し、ドアを開けた。
部屋の前に立っているのは、出掛ける支度を整えた母。我が母ながら、きちんと髪を梳き、シンプルだが体の線を強調するワンピースに身を包んだ小夜は、人の親とは到底思えない美しさだ。
不安。
私だけではだめなのか。
白い頬で笑いながら、小夜が夕佳の前に立ってリビングに入る。
「青井ちゃん、ご飯の準備、できてる?」
「できてるよ。」
リビングのテーブルの上には、湯気を立てるビーフシチューと、色の鮮やかなサラダと、コーンスープのボウルが三人分きちんと並べられていた。
「夕佳、ビーフシチュー好きでしょ?」
母がなんの憂いもないきれいな顔で笑う。夕佳と小夜はいつも通り向かい合って椅子に座り、青井はキッチンから持ってきたスツールで小夜の隣に並んだ。
「いただきます。」
にこやかに小夜が手を合わせる。
「おそまつさま。」
と、青井も微笑んでいる。
耐えられなかった。母が望んできるのがこんな家族ごっこなのだとしたら、自分はその登場人物にはなれないと思った。
スプーンを取ることもせずじっと座っている夕佳を、小夜が不思議そうに見やる。
「夕佳?」
食べないの? 美味しいわよ。
害意のまるでない母の声。
ああ、耐えられない。骨身にしみるほど、耐えられない。
夕佳は黙って椅子を蹴り、立ち上がった。
どこに行こうなんて考えてもいない。ただ、この家族ごっこから逃げ出したかっただけだ。
コートも着ないで、制服姿のまま、夕佳は家を飛び出した。
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