学校が終わり、いつものように集団下校をし、アパートのドアを開ける。

 すると青井がリビングで、せっせと掃除に精を出しているのが見えた。

 黙ったままリビングを通り抜けて自室に籠ろうとする夕佳に、男が朗らかに声をかけてくる。

 「お帰りなさい。学校、どうだった?」

 夕佳は黙ったまま男の背後を通り抜け、自室に入った。ドアを閉め、その場にしゃがみ込む。両手でセーラー服の肩を抱くと、自分が震えていることがよく分った。

 不安。

 母がなにかを拾ってくるたびに感じる不安がある。

 母は満足していないのではないか。夕佳との2人暮らしに。だから酔っては目についたものを拾ってくるのではないだろうか。

 子猫より、赤ん坊より、成人男性は夕佳の不安を刺激した。

 夫のいない、娘との二人暮らし。

 その暮らしに、小夜は嫌気がさしているのかもしれない。

 どれくらいそうして自分自身を抱いて蹲っていたのか、こんこん、と、控えめにドアが叩かれた。

 「夕佳?」

 母の声だった。

 「ご飯、食べましょう。」

 母が夕方から仕事に出るので、夕佳と母は毎日五時前に早めの夕食をとる。

 短い躊躇いの後、夕佳は立ち上がってセーラー服の襟を直し、ドアを開けた。

 部屋の前に立っているのは、出掛ける支度を整えた母。我が母ながら、きちんと髪を梳き、シンプルだが体の線を強調するワンピースに身を包んだ小夜は、人の親とは到底思えない美しさだ。

 不安。

 私だけではだめなのか。

 白い頬で笑いながら、小夜が夕佳の前に立ってリビングに入る。

 「青井ちゃん、ご飯の準備、できてる?」

 「できてるよ。」

 リビングのテーブルの上には、湯気を立てるビーフシチューと、色の鮮やかなサラダと、コーンスープのボウルが三人分きちんと並べられていた。

 「夕佳、ビーフシチュー好きでしょ?」

 母がなんの憂いもないきれいな顔で笑う。夕佳と小夜はいつも通り向かい合って椅子に座り、青井はキッチンから持ってきたスツールで小夜の隣に並んだ。

 「いただきます。」

 にこやかに小夜が手を合わせる。

 「おそまつさま。」

 と、青井も微笑んでいる。

 耐えられなかった。母が望んできるのがこんな家族ごっこなのだとしたら、自分はその登場人物にはなれないと思った。

 スプーンを取ることもせずじっと座っている夕佳を、小夜が不思議そうに見やる。

 「夕佳?」

 食べないの? 美味しいわよ。

 害意のまるでない母の声。

 ああ、耐えられない。骨身にしみるほど、耐えられない。

 夕佳は黙って椅子を蹴り、立ち上がった。

 どこに行こうなんて考えてもいない。ただ、この家族ごっこから逃げ出したかっただけだ。

 コートも着ないで、制服姿のまま、夕佳は家を飛び出した。

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