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翌朝、青井と名乗った男は普通に台所でトーストを齧っていた。
「おはよう。」
昨日と変わらない、太平楽の笑顔。夕佳は昨晩、拾われてきた男の処理に悩んでなかなか寝付けず、寝返りばかり打っていたというのに。
「パン食べる?」
当たり前のような顔で問われ、夕佳は思わず眉をきつく顰めた。ここは私とママの家であって、あんたは他人だ。そんなことをあんたに訊かれる筋合いはない。
「……食べない。」
いつもの朝なら、トースト二枚とオレンジジュースを食べてから登校すると決まっているのだけれど、この男と同じテーブルに着く気にはなれなかった。母の拾い物には慣れているとはいえ、さすがに。
「そっかー。」
男はへらへらと笑った。夕佳のつれない態度などみじんも気にしていないのが明らかに分かる、ゆるい笑顔だった。
夕佳はなんだかなにもかもが馬鹿馬鹿しく思えて、顔を洗いに洗面所に行き、せっせと寝癖を直し、薄い色つきのリップを塗って、セーラー服の襟を直した。
観音通りの子どもたちは、毎日集団で登校する。それはもう抗いがたい習慣のようなもので、そうすることで身を守っているのだ。
だから今日は朝食を摂らないからと言って、一人でさっさと登校するわけにもいかない。
夕佳は肩先まで伸ばした髪に、無駄に熱心にドライアーをかけてブローすることで時間を潰した。鏡の中の自分は、不細工に口をへの字に曲げていた。
洗面所を出、台所をすり抜けて玄関へ向かおうとすると、ひょいと男に呼び止められた。
「今日は何時に帰って来るの?」
それ、あんたに言う義理ある?
そう口に出すのもあほらしい気がして、夕佳は黙ったまま玄関のドアを開けた。
行ってらっしゃい、と、男の声が背中を追ってきた。それを夕佳は無視した。
別に、毎朝ここに行きなさい、と言われているわけでもないのだけれど、観音通りの子どもたちが自然と集まるのは、後藤先生の保育所の前だ。誰もが幼少期に一度くらいは世話になっているので、なんとなく集まりやすいのかもしれない。
観音通りも赤線地帯全盛期には子供も多かったなんて言うけれど、今はもう子供が少ない。夕佳と同じ中一は、渚が一人いるだけだ。あとは中学二年生の女生徒が一人と男子生徒が二人。中学三年生は男女が二人ずつ。
「ねえ、ついにママが私のパパを拾ってきたんだけど。」
先に保育所の前に来ていた渚に、半分冗談みたいに話しかけると、彼女はふわりと首を傾げた後、別にいいんじゃない、と言った。
「本当の父親じゃなくても、一緒にいたい人と一緒にいるのはいいことだよ。」
私は別にあの男と一緒にいたくない。
言葉は喉に引っかかって出てこなかった。いつだって、この親友は夕佳よりもだいぶ大人びたものの考え方をする。
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