夕日がすっかり沈み、周囲は完全に暗くなる。時刻はまだ精々6時過ぎだろうが、街灯の真下に並んでいたうつくしい街娼たちはあらかた客とともに消えていき、残るは街灯から外れた場所にじっとりと佇んで客の袖を引く女たちだ。

 母は今どこにいるのだろう、と、渚はそんなことを思う。母は多分、街灯の真下にいる女たちと、真っ暗闇で男の袖を引く女の、ちょうど中間地点くらいだ。

 客が付いていたらいいな、と思う。だって、それが母の仕事だから。でも、客が付いていたら嫌だな、とも思う。だって、本心で母がそれを望んでいるとも思えないから。

 じっと膝を抱える渚の首に、ふわりとやわらかい重みが加わる。

 ちょっと隣を見上げると、ユキはなんでもなさそうな顔で通りを行き交う男と女を眺めていた。

 渚は首に巻かれたユキのマフラーを返そうかと一瞬迷い、けれどそのまま巻いておくことにする。

 優しくされるのには慣れていた。街娼の娘だけれど、母も後藤先生も夕佳ちゃんも夕佳ちゃんのお母さんも、みんな渚に優しかった。そのことが、たまに渚には苦しかった。

もがこうにも、逃げたいなにかをはっきりと捉えられない。ただ、不安定でやわらかな足場で高く飛ぼうともがいているだけみたいな、どうしようもないもどかしさがある。

 「ユキ、」

 ふらりと立ち上がった青井が、軽く身をかがめてユキの耳になにか囁いた。その声は渚には聞こえなかった。ユキは不本意そうな顔で青井を見た。

 「ここにいたいならいさせればいいじゃん。」

 不満げなユキの声は、今度は渚にもかろうじて聞き取れた。青井は飄々と声を潜めたまま答えた。

 「今日じゃなくてもいいだろう。」

 「それは、この子にしか分からないよ。」

 「今日じゃなくてもいいように、俺には見えるよ。」

 「……大人ぶるなよ。ヒモのくせに。」

 「大人ぶってないよ。」

 「ぶってる。」

 「ユキが子どもぶってるんだろう。男娼のくせに。」

 「子どもぶってなんか……。」

 「ぶってるよ。その子の気持ちをわかろうなんてしてる。俺はヒモだしユキは男娼だよ。分かるわけないだろう。」

 ごく小さな声で、早口に交わされた会話だった。渚はそれが聞こえないふりをしていた。それか、聞こえても内容を理解できないないふり。そういう芝居は渚のお得意だった。母親の商売さえ、いまだに知らないふりをしているのだ。

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