渚とユキは、並んで側溝に腰掛け、沈黙したまま夕方から夜へと時間を過ごした。渚は意地になったみたいに口をつぐんでいたし、ユキは始めこそ名前を聞いたり歳を訊いたりと渚に話しかけてはいたが、すぐにあきらめたのか、夕暮れの赤い色が観音通りを染め、やがて薄く冷たい夕闇が空気に溶けて行くのを、黙ってじっと眺めている。

 ユキには時々道行く男が声をかけてきた。彼のことを女だと思って声をかけているのが半分、常連で彼が男だと知っているのがもう半分、といったところか。

 ユキはそのどれにも、気安く笑って、今日は休みなのごめんね、とだけ返していた。食い下がる男はいなかった。渚が横にいたからだろう。

 「ユキの子?」

 代わり映えのしない男たちの中に、からかうようにそんな声をかけてきた男がいた。背の高い、髪の長い、女に金を払うというよりは、払わせる側にしか見えない男だった。

 ユキはちょっと眉をしかめて男を叱るような表情をした後、どっか行ってよ青井、と、冷たくあしらった。

 「酷いな、俺とユキの仲だろ。」

 「どんな仲だよそれ。」

 「切っても切れない仲。」

 「バカ言ってる。」

 「今日は安奈は?」

 「客ついた。今頃ホテルで3P。青井を誘ったのかと思ったけど、違ったんだ。」

 「誘われてないよ。」

 なんかさみしいなあ、と言いながら、青井というらしい男は、ユキの隣に腰を下した。まだ随分若い男だった。多分、ハタチになるかならないか。それでも渚の目には、大人はただ大人と映る。

 青井は一瞬渚に目をやったけれど、特になにも言わなかった。

 さんぴーってなに、と訊こうかとちょっと思ったけれど、どうせ子供には説明のできないような内容なのだろうと思ったので、渚は黙ったまま膝を抱えていた。

 ユキは渚にちょっと目をやった後、手の甲でぺしぺしと青井の肩を叩いて追い払う仕草を見せた。

 「座るなよ。どっか行け。」

 「ユキまで俺に冷たいのな。」

 「青井は子どもの教育によくない。」

 「それは事実だからなにも言いかえせないな。」

 青井も雪に負けず劣らず、道端に腰を下すには不釣り合いな格好をしていた。いかにも高価そうなモスグリーンのジャケットとパンツ。白いシャツは昔の書生みたいな立ち襟だった。それで肩辺りまである黒い髪を後頭部で結び、手ぶらのくせに右手に煙草の箱だけ握っている。

 確かに見るからに、子どもの教育に悪そうな男だった。


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