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じゃあねと、案外残惜しそうなそぶりも見せず、安奈と呼ばれた街娼が赤いハイヒールを鳴らして観音通りの奥へと消えて行った。ピンク色のコートは、夜目にも目立っていいはずなのに、彼女の姿は観音通りの夜に溶け込むように、一瞬で見えなくなった。
「……いいの? しごと。」
ぽつりと渚が問うと、ユキと呼ばれた男娼は、軽く肩を前に突き出すようにして見せた。
「安奈の客だしね。俺はおまけですもの。」
さばけた口調だった。声は特に作っているわけでもないのだろうに、中性的な響き方をした。女の匂いもしなければ、男の匂いもしない。強いて言えば、声変わりをもうすぐ迎える少年みたいな声と言えるのかもしれない。
5歳の渚にはもちろんそこまでの分析はできず、ただ、男でも女でもない声を出すひと、とユキのことを認識した。
すとん、と膝を折ったユキは、躊躇うこともなく、渚の隣、側溝の段差の上に胡坐をかいた。ミニスカートの裾にも、白い布地にも気を遣う素振りは見えない。渚の方がその両方に気を遣い、ちょっとぎこちなくユキの白い横顔を見上げた。
なに? と言いたげに、ユキは白く長い首を小さく傾げる。鬱陶しそうに、すんなり伸びな指先でマフラーを引っ張る動作は、どことなく男性的ではあった。
「……スカート。」
「ああ、別に。」
「見えちゃうよ。」
「見ようとするから見えるんだよ。」
「ただで見せるのもったいない。」
渚が吐いたセリフは、明らかに5歳の少女のそれにはふさわしくなかった。それでもユキは、たいして気にした様子も見せず、短い金茶の髪を無造作に指先で梳きながら嘯いた。
「今日はセール大売出し。」
「白いから、汚れるよ。」
「別にいいよ。夜にしか着ないんだから、どうせわかりゃしない。」
「……。」
そう言われてしまうと、渚にはもうユキを追い払う口実がない。
ユキはそんな渚の内心の葛藤を察しているような顔をして、低く笑った。その声は、男の響きをした。確かに。
「お母さん、どこにいるか分からないの?」
「……知らない。」
渚の母親も街娼だ。ここで働いてるからなにかあったら来なさい、なんて、スーパーマーケットでパートする主婦みたいに言えるはずもない。
そう、と、大方返事の内容は予想していたように、ユキは顎先だけで頷いた。
そのユキの態度を、確かに内心で渚は呪った。
知っているならば、なぜ問うたのだ、と。
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