第5話 人攫い

 時は半刻遡る。

 長屋近くの草原でおきせとおるいは遊んでいた。そこで時を過ごすのはいつもの事であったし、その日半兵衛は仕事に出て不在だった。

 それを離れて窺う男がいた。単衣ひとえをだらし無く着崩した姿は、遊び人と呼ばれる類のものであった。

 きせとるいの様子を暫く眺めていたが、納得が行ったのか周りを見ながら二人に近付いて行った。

 にやにやと口元を緩ませながら側に立った。

「よう、おめえ等。此処いらのもんかい?」

「なあに、おじちゃん?」

 男はまだ二十代だろうが、きせから見ればおじさんだった。

「俺は他所よそから来たんでこの辺は分からねえんだ。ちっと道を教えてくんねえか」

「あたいの知ってるとこかな」

正洞院しょうとういんってお寺さんにはどう行きゃあ良いんでぇ?」

「お寺ならあっちだよ。そこから左に行って往来を右にまっつぐ・・・・行くんだ」

 自分が知っている場所を聞かれたので、きせは勢いよく答えた。

「ふうん、そうかえ。そこらまで案内してくれるかい?」

「駄目だよ。おっかさんが知らない人に付いてっちゃ駄目だって」

 るいのこともあり、福は普段からきせにしつこく言い聞かせていた。

「そう言うなって。なあに、往来に出るまでで良いんだ」

 男はきせの腕を掴んで引っ張って行こうとした。

「んーっ!」

 足元でるいが男をきせから離そうと間に入って踏ん張っていた。

「何だ、おめえ? 邪魔しようってのか?」

 男は手でるいを押しのけようとした。

「やめてよ。るいを虐めないで!」

「あ痛て……!」

 食って掛かったきせに気を取られていると、るいが男の腕に噛み付いていた。

「何しやがる、この餓鬼!」

 男は腕を振り払うと、乱暴にるいの腹を蹴り飛ばした。

「あっ! るい?」

「うるせぇ! 騒ぐな!」

 面倒になった男はきせの腹を拳で殴り付けた。苦しさのあまり蹲る所を小脇に抱えて走り出す。

 きせは息が詰まって、叫ぶ事も出来なかった。

「ん、んー! ああーっ!」

 転んだるいが声を上げたが、きせを抱いた男の姿は角を曲がって見えなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る