第6話 八方塞がり

「七つの娘で名はおきせだな?」

 三ノ輪の五郎蔵は半兵衛が水を飲み干すのを待って尋ねた。

「背丈はそう――この位。器量は十人並。着物の柄は赤地に黒の格子縞だ」

 半兵衛は落ち着いて、お福から聞き取ってきた着物の柄まで五郎蔵に伝えた。

「上出来だ。時に、おめえはどう見てる?」

「きせは賢い娘だ。迷子にはならねえし、ましてや遊び呆けるような餓鬼じゃねえ」

 半兵衛は五郎蔵の目を見てきっぱり言い切った。

「人攫いに遭ったに違えねえ」

 五郎蔵は腕を組んで目を閉じた。

「ここだけの話だがよ……」

 目を開いてじろりと半兵衛を睨みつける。外に漏らすなよと、その目が言っていた。

「娘を攫う連中がいる」

 五郎蔵は「いる」と言った。推測の話ではないらしい。

「下っ端の一人をひっ捕まえて吐かせた。鬼子母神の弥八という破落戸ごろつきの一味らしい」

 器量よしの小娘を攫って人買いに売りつけると云う悪事を働いているらしい。七つから十までの娘が狙われる。

 娘達は陸奥みちのくや北陸に売られて行くのだと言う。

「そこまで知れていて、御上おかみは何でお縄にしねえんで?」

 半兵衛は気色ばんで尋ねた。

「連中のねぐらが良くねえ。朱引きの外、千住の先なんだ」

 朱引き線の外は最早江戸ではない。町奉行所の差配が及ばぬ所となる。

 悪人共はそれを承知で隅田川を渡った千住に居座り、江戸町内で子供を攫っているのだ。

「許せねえ。外道共が……」

 思わず半兵衛が拳を握り締める。

「それだけじゃねえ。弥八一味の後ろには千住の顔役が付いてやがる」

 やくざの元締め、不動の政という男が弥八に杯をくれてやったらしい。庇護を与える代わりに、弥八から上がりの幾らかを毟り取っているのだろう。

「どいつもこいつも……。腐った奴等だ」

 半兵衛の腸は煮えくり返った。

「親分、奉行所とは言わねえ。親分の手勢で打ち込む事は出来ねえのか?」

「そいつぁ出来ねえ相談だ」

 五郎蔵は冷たく突き放した。

「弥八一味だけで十人からの人数がいる。そこに不動の政一家の応援が加われば、少なくとも二十人からとの出入りになるぜ」

 それでは「いくさ」になってしまう。徒党を組んでの争いは御法度に触れる反逆行為と看做される。仮にも十手を預かる五郎蔵が出来る事では無かった。

 筋道で言えば八州廻りの管轄であったが、今から訴えた所で応じてくれるのがいつになるのか分からない。八州廻りは管轄範囲が広すぎる事で有名な役目なのだ。

「なら頼まねえ。俺が殴り込む」

 八方塞がりで逆に冷静になった半兵衛は、静かに言った。

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