第25話:非人頭
「どうするよ、外宮の」
真っ青な顔色をした内宮の非人頭が外宮の非人頭にたずねる。
「どうするもこうするも、お嬢様が言われる通りにするしかないだろう」
「とは言ってもよう、責任重大だぜ」
内宮の非人頭は極度に優子を畏れている。
「それは俺も不安だが、お伊勢様の御意志ならやるしかないだろう」
「いや、俺もやるしかないのは分かっているんだ。
だがよう、どうせ御神託を下さるなら、どんな奴を集めるかも教えてくだされば、こんな不安にならないで済むんだよ」
「そんな不敬な事を言っていると、本当に神罰が下るぜ」
「ひぃいいいいい、お許しください、お許しください、お許しください」
「おい、おい、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。
御神託にないという事は、人間の裁量に任せるという事さ。
こちらがやり易いようにやっていいという事だと思うぜ」
「それが困るんだよ!
芸の達者な者を集め過ぎて、金儲けに走っていると思われるのも怖いし、力だけの者を集めて信心を軽んじていると思われるのも怖いんだよ」
「だったら人柄で選べばいいじゃないか」
「表面だけ信心があるように見せかけて、内心では金や地位しか考えていない連中を嫌というほど見てきたから、表面だけで判断できないんだよ」
「だったら均等に選べばいいさ。
芸の達者な者も力にある者も優しそうな者も、同じ数だけ集めればいい。
俺はそうする心算だぜ」
「お前はいいさ、ずっと優子様に仕えてきたんだ。
だが俺は、命じられたからとはいえ、優子様を殺そうとしたんだ。
1度でも失敗したら、神罰が下るかもしれない」
「そこまで心配するのなら、新たな非人集めは全部俺がしてやってもいいが、それでは外宮と内宮の非人の数が違い過ぎてしまうぞ?」
「それでいい、それで構わない。
今までなら、内宮と外宮の勢力争いがあったから、非人の数も同じくらいにしていなければいけなかったが、今はもう外宮の天下だ。
そもそも内宮が繁栄する外宮に張り合おうというのが無理な話しだったんだ。
非人の数を外宮に合わせるのは大変だったんだ」
「……まあ、宇治もそれなりには栄えているが、山田三方ほどじゃない。
それに、もう外宮と内宮では御師宿の数が全く違ってしまっている。
このままでは、内宮系の御師宿は1軒も残らないだろうな」
「だろ、だったら下手に俺が人集めなどしない方がいい。
いずれ優子様の元で全てが1つになるんだ」
「お前がそこまで言ってくれるのなら、俺に否やはない。
全ての責任は俺が背負うから、お前は俺がいない間の事をやってくれ」
「分かった、安心して人集めに行ってきてくれ。
俺は優子様の指示通りに動くから、何の心配もいらないぞ」
優子の指示を受けて、あいの御神託の場に同席した外宮と内宮の非人頭が、重大な役目を与えられて困っていた。
表面上は内宮の非人頭だけが困っているように見えるが、実際には外宮の非人頭もとても困っていたのだ。
お伊勢様から非人を増やせと言われれば増やすしかないのだが、その人選がとても難しく、頭を抱えたくなるほど問題が多いのだ。
距離的に近いのは京大阪なのだが、古い歴史のある京大阪では、非人が1本化されておらず、公家や寺社ごとに非人を抱えている。
それは自分達お伊勢様に仕える非人と同じなのだ。
そんな京大阪で、誰も敵に回すことなく、公平に人集めをするのは難しい。
まして金を稼げる芸達者を集めるのは至難の業だ。
それは力持ちも同じで、なにやと役に立つ力持ちを手放す頭はいない。
自分の配下から人を出すのなら、役に立たない足手纏いを放り出すに決まっており、お伊勢様が必要としているような者を集めるのは困難だった。
だからといって江戸なら必要な人材が集まるかといえば、それも違う。
そもそも何処の頭も芸達者や剛力は手放したくない。
そこに京大阪も江戸も違いはない。
そんな状態で必要な人材を集めるにはどうするべきか、外宮の頭は悩んでいた。
悩んだ結果、山田奉行所に相談する事にした。
昔は相談できるような身分ではなかったのだが、今は違う。
上下の差はとても大きいが、奉行と頭は同じお伊勢様の神職となっていた。
式年遷宮を仕切る最も高位の神職と、お伊勢様に芸を奉納する末端の神職という大きな隔たりはあるが、御神託の相談をする事くらいは許されるようになった。
「分かった、幕閣の方々と江戸の町奉行に連絡しておくから安心しろ。
実際に江戸の行く前に紹介状を書いてやる」
「ありがとございます、お奉行様」
「江戸の非人が穢多弾左衛門の支配を受けている事は知っているか?」
「はい、聞いた話だけではありますが、存じております」
「色々と無理難題を言われて困っているようだ。
歌舞伎の連中が弾左衛門の支配を抜けたのに勇気づけられて、幕府に訴え出たことがあるのだが、認められなかった」
「はい」
「それが今回の件に生きてくると思う。
お前達には難儀な事だろうが、伊勢山田の非人がお伊勢様の神職扱いされた事で、今一度弾左衛門の支配を抜けようとするかもしれぬ」
「はい」
「それが無理なら、息子や娘を伊勢山田に向かわせて、非人から抜け出せるようにするかもしれぬ」
「はい」
「問題は、素直にお前の支配を受け入れるかだ。
頭の地位を求めて凶行に及ぶ可能性がある」
「ご心配していただき、お礼の言葉もございません。
しかしながら、私の事を狙っても無意味でございます。
そのような者を、お伊勢様が許されるはずがないからです」
「そうだな、そうであったな、お伊勢様の神罰が下るな。
だったら思いっきり暴れてくるがいい。
江戸の連中に、お伊勢様に仕える非人の頭に成れると思わせればいい。
そうすれば連中は金も人も出せるだけ出すだろう。
この伊勢山田を繁栄させられる芸達者を送ってくれるであろう」
「はい、その心算で人を集めてまいります」
伊勢山田奉行と外宮非人頭の間で話がまとまった。
後は何時江戸に行くかだが、何事にも準備段取り根回しが大切だ。
まずは奉行が江戸に手紙を送って非人を集める為の根回しをするのだ。
江戸の非人達にも絶対にやらなければいけない役目がある。
南北町奉行所と伝馬町牢屋敷、品川仕置場などの雑事は絶対にやらなければいけないし、木戸番の番太としての役目もおろそかにできない。
非人頭自ら役目を放り出して伊勢山田に来る事はないだろうが、小屋頭や小頭が平民になりたくてやってくる事はありえた。
有能な人間を伊勢山田に送ろうと思えば、事前の引継ぎは必須なのだ。
伊勢山田奉行と江戸の町奉行の間で幾度かの手紙のやり取りがあり、事前準備が整ってから、外宮の非人頭は江戸に向かった。
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