第24話:丁稚小僧手代

 優子とあいの評判が日本六十余州に広まれば広まるほど、日本中から体の不自由な者がお伊勢様に集まってくる。


 お伊勢様を目指して旅する者から見れば、体の不自由な者を助ける事は功徳を積む事であり、故郷を同じくする親族に頼まれれば喜んで連れて行く。


 街道筋にも信心深い者がいて、体の不自由な者を助けてくれる。

 中には悪い者もいて、体の不自由な者を騙して金品を奪おうとする者もいるが、命さえ奪われなければなんとか旅を続ける事ができた。


 そんな者達が続々と集まり、檜垣屋にやってくるのだ。

 手を引いてくれた親切な者は御接待しなければいけないし、体の不自由な者が生きて行けるようにもしなければいけない。


 優子にとっては覚悟していた事ではあるが、周りの者にとっては思いがけない事で、戸惑うばかりだった。


 続々とやってくる体の不自由な者達を養う資金は、座敷や神楽舞台の興行と門前での勧進で十分確保できている。


 一時的に住むところも、檜垣屋が多くの御師宿を手に入れた事で、裏長屋が完成するまでの間くらいなら確保できる。


 問題は、ろくに自分の世話もできない体の不自由な者達を、特にまだ年端もゆかない者達を、誰が世話するかだった。


 同じように身体が不自由な先達達は、気持ちがあっても力がない。

 今までやってくれていた芸の拙い非人達は、もう手一杯となっている。

 新たな人手を確保しなければいけない時期になっていた。


「角兵衛さん、人手を確保しに京大阪に行ってこようと思うのだけれど、檜垣屋や他の宿を任せてもいい?」


「それは構いませんが、大旦那様にお任せした方がいいのではありませんか?」


「お爺様は、まだおとっつあんを亡くした痛手から立ち直っておられないから」


「だからこそでございます。

 やらなければいけない事がある方が、嫌な事を忘れられます。

 今のように、御師宿の会合や名主の会合だけでなく、直接の差配をやっていただいた方がいいと思うのです」


「角兵衛さんがそう言うのなら、頼んでみるわ」


「はい、是非そうしてあげてください。

 お嬢様に直接頼まれた方が、大旦那様も張り切られる事でしょう」


 これまでの人生の大半を檜垣屋で過ごしてきた筆頭番頭の角兵衛は、叱咤激励した大旦那、富徳の事が気がかりでしかたがなかったのだ。


 優子の為だと言って、隠居する事や形だけの当主でいるのではなく、できるだけ働くように諫言したが、まだ十分に働いてくれていない。


 対外的な仕事は一手に引き受けてくれているが、優子に対する負い目があるのか、檜垣屋や系列御師宿の事には一切口出ししないのだ。


 優子の邪魔にならないようにしている気持ちは分かるが、優子の背負っている重荷を助ける事もできていない。


 できる事なら、もっと御師宿の事にも関わってもらいたかった。

 特に、内心優子に敵愾心を持っている奉公人がいる、内宮禰宜一族が亭主や女将をやっていた御師宿は、富徳に差配してもらいたかった。


「それはそうと、京大阪を回られるという事ですが、誰か当てがあるのですか?」


「特にこれと言った当てがあるわけではありません。

 ですが京大阪なら、行く当ての無くなった者達が数多く集まっているはずです」


「それは、野非人を集めてくると言う事でしょうか?」


「ええ、一時的に非人小屋にいるだけの者なら、私が身元を引き受ければ、元の平民の戻る事ができるでしょう」


「確かに数を集めるというだけなら、それで十分だと思われます。

 ですがそのような者達が、体の不自由な者達を心を込めてお世話するでしょうか?

 私は不安に思ってしまいます」


 角兵衛は明確な否定はしなかったが、やんわりと優子に諫言した。


「確かに理想を言えば、御師宿で奉公している、お伊勢様に仕える心構えのある者に世話を任せたいです。

 ですがすでに手いっぱいで、心身共に大変な状態です。

 これからまだまだ多くの体の不自由な者が集まってくるのです。

 理想を追うだけでは破綻してしまいます」


「確かにお嬢様の申される通りではありますが、解決策がないわけではありません」


「角兵衛さんに名案があるのですか?」


「名案とまではいきませんが、いささか考えがあります」


「是非教えてください」


「本来なら召し放たれる者を使うのです」


「それは、年季ごとに能力が足らない者を召し放つ事を言っているのですか?」


「実際に召し放つのではなく、再度召し抱えないだけなのですが、意味は同じです。

 暖簾分けさせる事まではできない者、番頭にするまでの力がない者、自分で檀家を集める事ができない手代、手代にする事のできない丁稚などを再度召し抱えません」


「そうですね、檀家の数には限りがあります。

 自分で新たな御師宿を維持できない者を召し抱え続けられませんからね」


「ですが檜垣屋と系列の御師宿では、新たな仕組みが生まれております。

 御師宿を繁盛させるためにも、興行と勧進はどうしても維持しなければいけない、大切な物となっております」


「そうですね、あいたちが興行を行わない御師宿は、檀家衆を引き留める事ができず、次々と廃業していると聞いています」


 白々しい話しである。

 とても忙しくて手が回らないからではあるが、興行させる御師宿と興行させない御師宿を選んでいるのは優子本人である。


 内宮系の御師宿が次々と潰れているのは、優子が襲われた事への報復として、あいをはじめとした芸達者を送っていないからだ。


「はい、当然の報いでございます」


「角兵衛さんは厳しいわね。

 話を戻すけれど、檜垣屋と系列の御師宿で全ての奉公人を召し抱え続けて、新しい丁稚を召し抱えるとしても、手が足りない気がするのだけれど?」


「確かに檜垣屋と系列だけでは手が足りません。

 そこで先ほどの話に戻るのです」


「先ほどの話し?

 どの話かしら?


「多くの檀家衆を失う御師宿が立ち行かなるという話です。

 そういう御師宿は、潰れる前に奉公人を召し放ちます。

 その召し放たれた奉公人を、檜垣屋で召し抱えるのでございます」


「なるほど、そうすれば、お伊勢様への信心を持ち、御師宿の事を知っている人手が集められるという事ね?」


「はい、その通りでございます。

 加えて言わせて頂ければ、これまでに再召し抱えされなかった者達で、再びお伊勢様に仕えたいという者を、檜垣屋で召し抱えるのでございます」


「そうね、そういう者の方が、野非人になっている人達よりは、体の不自由な者達をしっかりお世話してくれそうね」


「はい、再召し抱えする者には、お伊勢様の御神託を見せれば、決して悪心を抱かないと断言できます」


「うふ、確かにそうね。

 あいの御神託を見て、お伊勢様の御意志に逆らうような者はいないわね」


「はい、それと、もう1つ」


「あら、まだあるの、楽しみだわ」


「非人の事は、頭達に任せるべきだと思います。

 頭達にも面目があるでしょうし、京大阪の非人頭とのつながりもあるでしょう。

 頭が芸達者な者を選ぶのか、力のある者を選ぶのか、あるいは人柄のいい者を選ぶのかは分かりませんが、これまで通りが好いと思われます」


「分かったわ、新しい非人は頭達に選んでもらいましょう。

 角兵衛さんは召し抱える者を選んでちょうだい」


「私もやらせていただきますが、そちらも大旦那様にご相談ください。

 御師宿の会合や名主の会合は大旦那様が差配してくださっています」


「分かったは、今直ぐお爺様の所に行って相談するわ」

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