第9話:強胸と勧進
「さあ、さあ、さあ、見て聞いて楽しんで下され!」
「おめでたや、おめでたや、おめでたや」
「蒙古ひそかに古今の変化を探つて、安危の所由をみるに、覆つてほかなきは天の徳なり」
「いい~んよ~おお~お~お~、つる~わあ~、せ~んん~ねええ~ん」
「右や左の旦那様、生まれ持って足の不自由な私に、どうかお恵みを」
お伊勢様の門前では、非人頭に率いられた者達が、それぞれの芸を披露して日銭を稼いでいた。
見苦しくならない範囲で、足を失った者や手を失った者が、それぞれの不自由を強調して辻勧進をしていた。
お伊勢様に来ている参拝客に、あまりに悲惨な感じで辻勧進をするのは逆効果だから、楽しい芸との組み合わせが大切なのだ。
長年お伊勢様の門前で強胸と勧進を仕切っている非人頭だけあって、その塩梅は絶妙と言っていい。
お伊勢様に願掛けに来ている者や功徳を積みに来ている者は、自然と財布のひもが緩くなり、銭を渡している。
普段なら芸の拙い者や、参拝客に相応しくない身勝手な者に目を光らせるだけの非人頭が、今日は他を圧する殺気をもらしていた。
「お頭、本当にやるのですか?」
刀を差し武士の髷を結って男が非人頭に念を押す。
「やるしかあるまい。
やらなければ強胸と勧進を禁じると言われてしまったのだ」
非人頭が感情を押し殺し切れず、吐き捨てるように言う。
「いっそ外宮の方に移動しませんか?
外宮なら事情を話せば門前でやらせてくれるのではありませんか?」
「外宮にも長年仕えている非人がいる。
俺達が行っても相手にしてもらえるとは思えん」
「ですが、今の外宮は檜垣屋の本家が権力を握っているのでしょう?」
「俺達が外宮に移動すれば、今外宮でやっている連中が路頭に迷う」
「内宮だって汚れ仕事をする俺達がいなくなれば困るでしょう?
今外宮でやっている連中を抱え込みますよ。
俺達から毟り取って贅沢三昧している連中ですよ。
本当に俺達が外宮に移動すれば、金欲しさに外宮の連中を引っ張り込みますよ」
「確かに禰宜の連中は金に汚い。
だがそれは外宮の禰宜も同じだ。
こちらから頭を下げて行ったら、これまで内宮の連中に支払っていた以上の金額を吹っかけられる。
そんな事になったら、喰えなくなる奴が出てくる。
最悪の場合、誰かを放り出さなければいけなくなる。
それくらいなら……」
「分かりました、頭がそこまで言われるのでしたら、やるしかありませんね」
浪士と思われる者が決意の籠った言葉で言う。
「頭、大変だ、頭!」
別の配下が真っ青な表情で走ってきた。
この男は非人らしく髷を結っていない。
「何事だ?!」
「倒れた、禰宜が血を吐いて倒れた」
「何だと?
一体誰が倒れたんだ?!」
「藤波です、檜垣屋の優子を殺せと命じた藤波です!」
「「黙れ!」」
2人に厳しく叱責された配下の者は真っ青になっていた。
自分でも迂闊な事を口にしてしまったと分かったのだ。
内宮の禰宜が外宮の御師宿の女将を殺そうとしているなど、表向きは誰も信じないだろうが、誰もが内心ではあり得る事だと思うのだ。
それほど内宮と外宮の対立は激しい。
過去には兵を率いて宮の焼き討ちまでやり合った敵同士なのだ。
「何やら聞き捨てならない言葉が耳に入ってきました。
事情を説明して頂けないと、外宮に仕えている非人頭に、貴方達を皆殺しにしろと命じなければいけなくなりますが、どうなさいますか?」
「非人同志を殺し合わせると言うのか?!」
「先に家のお嬢様を殺そうとしたのはそちら様ですよ」
「檜垣屋の者か?」
「筆頭番頭を務めさせていただいております」
「ここでお前の口を封じる事もできるのだぞ?!」
非人頭が答えるより先に、隣りに立っていた浪士が、刀の柄に手をやりながら詰問したが、筆頭番頭の角兵衛は余裕の表情で答えた。
「そうですか、どうぞお好きになされてください。
私1人の命が非人全員の命と同等と言うのなら、死に甲斐があります」
「何言って……」
そう言いかけた浪士は、自分達に向けられている異様な視線、殺気にようやく気がつき、全身に鳥肌が立った!
内宮の境内の方から神鶏が睨んでいる!
百を超える神鶏が、肌に痛みを感じるほどの殺気を放っている!
「これは……」
浪士の頭に、優子を陥れようとした外宮の禰宜と御師が、神鶏に追い回されて境内に入れなくなり、神職としての面目を失って隠居した事を思い出した。
中にはその事を恥じた一族に殺された者までいると言う。
もし、非人である自分達が、境内からでてきた神鶏に追われるような事があれば、神に嫌われた不信心者として伊勢山田から追放されるのは明らかだと思った。
「頭!」
「分かっている。
この首でよければいつでも差し上げます。
他の者は私の命令にしたがっただけで、何の罪もありません。
どうか許してやってください!」
「いえ、私です、私が勝手にやった事です。
腹を切って詫びさせて頂き」
「だまらっしゃい!
お伊勢様の門前を血で汚す御心算ですか!?
そのような不敬な考えしかできないから、神鶏に睨まれるのです!
余計な事は考えず、黙ってついてきなさい!」
「「はい」」
角兵衛に厳しく怒られた頭と浪士は肩を落としてついていくしかなかった。
内宮の門前から檜垣屋まで、ある意味とても有名な非人頭が、腕の立ちそうな浪士と一緒に肩を落として歩いていくのだ。
目立つ事この上なく、何事が起こったのかと誰もが疑念に思う。
ほとんどの者が最近起きた事を思い出す。
思い出した者はその事を話したくて仕方が無くなる。
「あれはきっと何かとても疚しい事があるのよ
それなければあんなに肩を落として黙ってついて言ったりしないわよ」
「とても疚しい事って何よ?」
「殺しよ、殺し。
あいつら内宮の非人よ。
内宮の禰宜や御師宿の連中が、檜垣屋の若女将を殺そうとしたのよ!」
「ええええええ、幾ら何でもそこまではしないでしょう?」
「何言っているのよ!
あんた、外宮と内宮の血で血を洗う歴史を知らないよ?」
「それくらい知っているわよ!
でも、幾ら何でも殺そうとするのは……」
「じゃあ何であいつらが黙って檜垣屋の角兵衛さんの後をついていくのよ?!」
「それは……」
「あんただって、外宮の禰宜と御師達が、檜垣屋の若女将を罰しようとして、お伊勢様の神罰を受けたのは知っているわよね?」
「それは聞いているけど、それが内宮とどう関係しているのよ?」
「嫉妬よ、妬みよ!
外宮の、それも若い女の御師が自分達よりもお伊勢様の寵愛を受けている事が、たまらなく妬ましくて殺そうとしたのよ!」
「……嫉妬は分かるけど、それでも嫉妬で人を殺そうと言うのは……」
「あんたは人が好過ぎるのよ!
人はね、妬みで簡単に他人を殺せるのよ。
だから、非人だけでなく浪士まで連れて行かれているのよ!」
同じような会話が外宮関係の宿や家で交わされていた。
内宮に根深い反感を持っている外宮の関係者は、優子と敵対している一族であっても、内宮からの圧力には一致団結する傾向があった。
そんな会話が交わされているとも知らず、非人頭と浪士は死を覚悟して檜垣屋の座敷で正座していた。
「よく来てくださいましたね。
どうしても聞いておかなければいけない事がありまして、無理を承知で来ていただいたのですよ」
非人頭と浪士は話が嚙み合っていないと感じていた。
自分達は呼び出されたのではなく、悪事を相談している所を見られて強制的に連行されたのだ。
「番頭さんの話では、私を殺そうとしていたそうですね」
「はい、禰宜様に命じられ、仕方なく引き受けさせていただきました。
ですが、それは全て私の責任で、他の者は関係ありません。
どうか他の者は許してやってください」
非人頭が畳に頭をこすりつけて懇願する。
「いえ、頭は引き受けたくて引き受けたわけではありません。
配下の非人達を救うため、仕方なく引き受けたのです。
それに、実際に若女将を殺そうとしていたのは私です。
私が腹を切らせていただきますので、頭と非人達は許してやってください。
どうかお願いいたします」
今度は浪士が畳に頭をこすりつけて懇願する。
「そこまで謝ってもらわなくても大丈夫ですよ。
貴男方の苦しい立場は理解しています。
だから、命まで取ろうとは思っていません。
ですが、人殺しを引き受けるのは、お伊勢様の門前で強胸と勧進を行う者として、許されない事なのは分かりますね?」
「「はい」」
「そのような者が頭をしていた非人達に、このまま門前で強胸と勧進をやらせ続けるには、よほどの償いをしないと許されないのも分かりますね?」
「はい、ですから私の命を」
「黙りなさい!
軽々しく命を捨てるなんて口にするのではありません!
体に大きな不自由を背負いながら、必死で生きている者に対して失礼過ぎます!」
「はい、申し訳ありません」
「それに、私に詫びてもしかたがないのですよ。
私が許すと言っても何の意味もないのです。
貴男達は、何処で生きさせていただいているのですか?!
何方様に詫びて許しを請わなければいけないのですか?!」
「お伊勢様に許して頂けるように、誠心誠意お詫びしなければいけないと言う事でしょうか?」
「分かっているではありませんか。
貴男方はとても大きな罪を犯されましたが、本当に悪いのは誰ですか?
お伊勢様は、誰に詫びて欲しいと思っておられるのですか?
誰に罪を償わせたいと思っておられますか?
貴男方が何をするのが一番お伊勢様の願いを叶える事になりますか?」
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