第212話 感謝を
試合終了後、俺達は控室に戻った。
全員ユニフォームは汗でびしょびしょ。
恐らく下着まで完全に濡れてしまっているだろう。
だがしかし、そんな事はお構いなしにみんなで抱き合って泣いていた。
「優勝、でぎまぢたぁ……っ!」
「唯葉、鼻水出てるって」
「ぐすっ、ずずっ……。うるさいです」
なんだかんだいつも通りのほんわかした空気感。
だからこそ、実感が湧かなかった。
少し離れたところに座っている俺は、珍しく涙を流しているすずに見つめられた。
「しゅうきも来て」
「えぇ……いや」
「一緒じゃなきゃやだ」
ぐっと腕を掴まれて強引に女子達の中に引きずり込まれる俺。
一瞬で全身に汗が付いた。
いつもより、ちょっと汗臭い気もする。
「あは、みんなの汗付いちゃったね」
「……」
「柊喜?」
むわっとした湿気。
汗臭い部活特有の匂い。
そしてみんなの涙。
それを見て、初めて会った時から先程の試合までの記憶が、一気に思い起こされた。
あ、やば。
「めっちゃ泣くじゃん。あははっ」
「うるせぇ。お前だって、泣いてんだろ」
「えー。でももっと泣いてる子もいるし」
言われて俺は顔を上げる。
涙でぐちゃぐちゃな視界の中、一人だけ俯いて一言もしゃべらない奴を発見した。
例のワンサイドアップにした髪がプルプル揺れている。
「……あたし、足、引っ張らなかった」
「なんなら手を引っ張ってくれてたな。お疲れ」
「こんなの、本当に、初めてで……」
崩れ落ちるように地面に這いつくばり、泣き出した姫希。
とんでもない泣き方だ。
どこからどう見ても負けた奴の仕草である。
全員そんな姫希に爆笑した。
「もー、顔上げなよっ。勝ったんだから」
「でも、こんな不細工な顔、見せられないわ……」
「そう言われると見たくなるな~」
「……性格悪いですよ、凛子先輩」
「あ、そんな事言うの?」
あきらと凛子先輩に言われて、さらに縮こまっていく姫希。
そんな姫希にすずがぎゅっと抱き着く。
「姫希は可愛いよ」
「……うるさい。みんなの汗でめちゃくちゃになったわ」
「むぅ。……あ、姫希下着透けてるよ」
「ッ!? 本当!?」
「嘘」
すずの低レベルな揶揄いに引っかかった姫希。
ようやくその顔を全員に晒したところで、俺達は再び笑う。
「もう本当に最悪。でも、本当に、本当の本当にありがと」
「何回言うんだよ」
「だって、本当に思ってるんだもの。……ってまた言っちゃったわ」
姫希はそう言ってようやく笑顔を見せた。
何が不細工な顔、だ。
最高に輝いてるくせに。
そのまま抱き着いてくるすずの頭を撫でながら、姫希はため息を吐いた。
「あきら、最後のシュート凄かったわね」
「姫希が信じてパスくれたおかげだよっ」
「ステップバックですよね。秋に見た柊喜くんと重なって見えちゃいました」
「ホント!? やば、超嬉しい。柊喜みたいにカッコよく決められたらなぁって思ってたから、最高の気分だよ」
「俺なんかより断然カッコいいよ」
俺は苦笑しながら言った。
別に謙遜ではない。
万が一、全く同じ局面に俺が立ったとして、さっきのレベルのパフォーマンスが果たしてできるだろうか。
できないと思う。
俺はこいつほど強心臓ではない。
自分はさて置き、他人を信じることができなかったから。
コーチの俺を始め、パスを出した姫希、壁になってくれたすずと凛子先輩、逆サイドでヘイトを買ってくれた唯葉先輩。
全てを信じていたからこそのプレーだ。
とかなんとか、話していると段々熱気が冷めてくる。
落ち着いた時、あきらが俺の方を見た。
「行かなくていいの?」
「え?」
「柊喜、今会いに行かなきゃいけない人がいるでしょ。ありがとうって言ってきなよ」
「……」
いる。
俺には確かに、礼を伝えなければならない奴がいる。
「私の分もお願い」
「お、おう」
「ほら、帰っちゃう前に行かないと。僕らも下着着替えたいし。なんなら別にそこで見ててもいいけど」
「行きますから! あとすずは普通に上脱ぐな! 見えるだろうが!」
「今日はおめでたいし、全部見てもいいよ」
「ふざけんな」
相変わらずな連中に、俺は慌てて控室を出た。
せっかくのしんみりした雰囲気が台無しだ。
……ちなみに、すずの胸が若干見えかけたのはここだけの話である。
最後の最後に本当に危険だった。
◇
控室を出て、俺はしばらく周辺をうろうろ探し回った。
不意に現れてはすぐに消えていく奴だし、既に帰ってしまったのかと焦る俺。
しかし、出入り口付近まで行くとようやく出会えた。
「……しゅー君?」
「今から帰るのか?」
「うん。別にバスケに興味ないし」
未来はそう言うと、俺をじっと見つめる。
立ち話もアレなため、俺と未来は二人で外に出た。
軽く周りを歩きながら話す。
「さっきの応援、本当にありがとな。お前のおかげで勝てたんだ」
「大げさでしょ」
「いや、そんなことない」
俺達はあそこで未来に言われるまで、正直折れかけていた。
あのまま応援がなければずるずると行ってしまい、負けた可能性が高い。
全然大げさではないのだ。
未来は再びじっと俺を見つめた。
「私が応援してたのはしゅー君。好きな人の頑張るとこ見たかったからわざわざ電車に乗って観に来たの」
「そ、そっか」
「だから、私も満足」
ドストレートに好きだと言われて、つい顔を背ける。
バレンタインの時もそうだったが、未来の好意は直接的だ。
散々トラブルがあったし、俺が望んでいないのもわかっているのか、普段から好意の押し付けはあまりしてこなかったが、ふとした時に一気にぶつけられる。
「伏山さん、あんなに下手だったのに凄かったね。いっぱい努力したのがわかって感動した」
「あぁ」
「あきらちゃんも、いつもとは全然違う表情で、カッコよかった」
「そっか」
みんなの事を褒められて、俺は自分の事のようにうれしくなった。
「みんなお前に感謝してたぞ。応援ありがとうって」
「そうなんだ。……私、女バスの人達には迷惑ばっかりかけたのに。伏山さんには酷い事言っちゃったし、あきらちゃんにもバレンタインの時に色々迷惑かけた。黒森さんと、あの背の高い先輩には普通に酷い事しちゃったし、唯葉ちゃんには大切なこと教えてもらった」
「……え、唯葉ちゃん?」
「うん。あの先輩大好き」
「そ、そうなのか」
無表情で言う未来から真意の全ては読み取れない。
知らない所で絡みがあったのだろうか。
まぁいい。
仲が良いならそれに越したことはないんだから。
あの先輩が他人に好かれているのなんて、驚くことじゃないしな。
俺も大好きだし。
「しゅー君って、すごかったんだね」
「なんだそれ」
「あんなに下手だったチームをここまで導けるのなんて、流石じゃん」
「急なヨイショはやめてくれ。痒くなる」
「なにそれ」
苦笑しながら言うと、未来は小首をかしげた。
サラッとしたおでこが可愛い。
「しゅー君」
「ん?」
「好きだよ」
「……うん。ありがとう」
「私、帰るね」
そうして、俺と未来は別れた。
俺は未来の後ろ姿にしばらく頭を下げた。
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