第200話 二月の異変

 時は流れて二月。

 部活の方は順調で、みんなと個人練習もしながら過ごしている。

 かなり本格的にコーチングしているし、効果も出ているように思う。


 ということで、部活はさて置き。


 学校生活ってのは何も部活だけではない。

 昼は一応教室に通うただの高校生なのだ。



 ◇



 最近、隣の席の奴がおかしい。

 様子が変だ。


 異変その一、読んでいる本のジャンルが変わった。

 今まで文庫本サイズの恋愛モノを好んで読んでいたはずなのに、雑誌的なものを読むようになった。

 隣でそんなものを読まれるから、勿論目に入るし気になる。

 というわけでチラッと表紙を見てみると、お菓子作りの本だという事が分かった。


 異変その二、何やら女の子にお菓子を配り始めた。

 どうやら自分で作ったであろう焼き菓子等を、女の子たちに配っている。

 そして意見を聞いている。

 俺の方をチラチラ見ながら。

 反応は微妙みたいで、いつも甘くないとか噛めないとか言われている。


 異変その三、たまに姫希に話しかけ始めた。

 会話の内容は聞こえないが、姫希は迷惑そうに顔を顰めている。

 ただ、なんだかんだ話を聞いてあげているところを見ると、嫌がらせを受けているわけではなさそう。

 唯一この前『柊喜クンに直接聞きなさいよ』と姫希が言っているのを聞いたが、なんだったんだろうか。


 異変その四、——ってもうそれはいいか。


 俺は別に鈍感ではない。

 というか、仮に鈍感でもここまで露骨にそわそわされたら流石に気づく。

 二月にある大きなイベントが近いのだ。

 そう、バレンタインデーが。


 恐らくだが、未来は俺に何かくれようとしている。

 毒でも入っていなければいいな。


「未来。おい、未来っ!」

「あ、はい」

「教科書を読めと言ってるんだが」

「えーっと、どこ……?」


 授業中、全く集中していない様子の未来は急に当てられて慌てる。

 それもそのはず、こいつが見ていたのはスマホの画面だ。

 テキトー過ぎる。


 授業の進行が止まるのもアレだし、困っている隣の席の子を助けない薄情な人間だと先生に思われて評点を下げられたら困るため、俺は未来に教えた。


「百二十三ページのここ」

「……ありがと」

「早く読めよ」

「あ」


 ぼーっと見つめられて居心地が悪かったから促すと、未来はようやく音読し始めた。

 なんなんだよこいつは。



 ◇



 昼休み、珍しく未来が友達と一緒にどこかに消えていたため、俺は姫希の席に歩く。

 丁度そこにはたまたま遊びに来ていたあきらがいた。


「あ、柊喜。さっきの話聞いたよ。未来ちゃん助けてあげたんだって?」

「別に。授業を止められてたから迷惑だっただけだ」

「ねぇ君、そんな言い方ないでしょ」

「お前はいつからあいつの味方になったんだ姫希」

「もう、どうでもいいわ。最近のあの人見てると、嫌うのも馬鹿らしくなってきた」

「ホントそうだよね。うちのクラスでも結構聞くもん。未来ちゃんが柊喜にベタ惚れしてるって」

「……」


 複雑な気持ちだ。

 俺が好きだった時にはテキトーに相手され、その後も散々嫌がらせされて。

 それが急にこんなになって、困惑している。


 そりゃ俺だって、最近のあいつは嫌いじゃない。

 いつも優しいし、変な事も言ってこない。

 逆に機嫌を伺われているのが丸分かりだから、居心地は悪いけど、それだけだ。

 無神経に色々踏み荒らされるよりは全然いいから。


「俺のどこが気に入ったんだろうな」

「さぁ。あの人変わってるし」

「その変人しか俺の事を好きにならない、みたいな言い方やめろよ。俺が可哀想だろ」

「いや待って。私の方が可哀想だから」


 ツッコんできたのはあきらだ。


「別に柊喜の事好きになるのは普通だもん。カッコいいし」

「ふぅん?」

「姫希だって柊喜の事好きなんじゃないの?」

「好きは好きだけれど、恋愛とかわかんないわ。それに、あんた達みたいにちょっとした修羅場で殺伐とした雰囲気にするの嫌だし。巻き込まれたくもない」

「なにそれ! 柊喜どう思う?」

「……えぇ」


 どんなタイミングで俺に話を振って来るんだ。

 鬼畜が過ぎる。


「なんでもいいけど、もうそろそろね」


 教室後方に貼られたカレンダーを見ながら言った姫希。

 言わずもがな、バレンタインデーだろう。

 姫希はあきらに聞く。


「あんた、毎年あげてるんでしょ?」

「勿論」

「どんなのあげてるの?」

「普通に市販の奴。失敗して美味しくできなかったら嫌だし。今年も作りはしないかなー」

「意外とそんな感じなのね」

「なに姫希。そんなこと聞いて、こっそり渡す気?」

「こっそりも何も、普通にあげるけど」

「マジか」


 当然と言わんばかりの姫希の返答に声を漏らしたのは俺だった。


「何よ。お世話になってるんだからあげるに決まってるでしょ。クリスマスも交換したのに、普通でしょ」

「そう言われると確かに」

「え、手作りあげるのっ?」

「そのつもりだけど。どのみち弟にお願いされてるし、ついでかしら。あたし、たまにだけれどお菓子作ってるし」


 そういえば前に調理実習でチョコレートブラウニーを作った時も、姫希は活躍していたな。

 それにしても、弟か。

 姫希は兄弟想いだな。


「私も作った方が良いのかな」

「知らないけど、多分すずは手作りよ」

「クリスマスもクッキー焼いてたもんねっ。うわぁ、どうしよ」

「いや、別にそんなに悩まなくても」

「そうはいかないよっ」


 俺はこの会話をどんな気持ちで聞けばいいんだよ。

 ふと自分の席を見ると、違うクラスの知らない奴に座られていたため、この場から抜けるのも断念する。

 わざわざ他人の会話を遮って自分の席に座れるほど図太くはない。


「未来ちゃんも手作りだろうし、私もなんか作ろ」

「おばさんに教えてもらえばいいんじゃないか?」

「やだよ。こういうのは親が見てない所でドキドキしながら作りたい」

「あ、そう」


 もう好きにして欲しい。

 どのみち俺はもらう側だ。

 ここまで色々考えてもらっていることが分かっているわけで、どんなモノでもめちゃくちゃ嬉しい。


 いや、でも待てよ。

 わかっているだけでも姫希とあきら、そして恐らくすずと凛子先輩と未来からも貰うとして、俺はその五人全員にお返しを買わなきゃならないのか。

 ……マジか。


「帰ったら練習しよ。姫希、今日練習終わったらうちに来て。試食係お願い」

「まぁ、そこまで言うなら」


 流石腹ペコキャラ。

 ただで何か食えるとなれば絶対に断らない。

 嬉しそうに頷く姫希を見ていると、俺も少し楽しみになってくる。

 こんなに期待感のあるバレンタインデーは初めてだな。

 あきらと一ヶ月越しのお菓子交換をするだけのイベントではなくなったのだ。


「姫希の弟いくつだっけ」

「今小学校二年生」

「今度会ってみたいなぁ。可愛いんだろうなっ」

「まぁそうね。まだ一緒にお風呂入ってるし、可愛いわよ。でも人見知りするし、あんたみたいなタイプは苦手なんじゃないかしら。騒がないならいいけど」

「みんなで行こうよ」

「凛子先輩辺りに悪影響を与えられそうだからそれは遠慮するわ」

「あはは、確かに」


 平和な会話をする二人を、俺は横からのんきに眺めていた。




 ◇


【あとがき】


 祝200話です!

 あと1ヶ月もないと思いますが、最後までよろしくお願いします(╹◡╹)

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