第177話 誘惑
すずと姫希がコンビニに行った後、唯葉先輩は再びトイレに行った。
というわけで、意図せずあきらと二人きりになってしまう。
唯葉先輩が変な気を遣った可能性もあるが、それはまぁいい。
「今日無理言ってごめんね」
「何が?」
急に謝ってきたあきらに俺は首を傾げる。
二か月前くらいに髪を切っていたが、それも若干伸びてきた。
元が短かったから肩にはかかっていない。
「クリスマス会とか言って押しかけちゃって」
「いいよ。楽しいし。どのみち全員にリストバンドを渡そうとは思ってたから」
「用意してくれてたんだ。嬉しい」
「一人一人に別の物渡せなかったのは申し訳ないけど」
「あはは、そんなの気にしなくていいのに。むしろみんなで同じの貰って楽しいじゃん」
あきらはそう言ってコップにジュースを注ぐ。
クリスマス定番な子供の飲み物、シャンメリーである。
「大人になったらみんなでシャンパン飲めるかな」
「数年後もこのメンバーで集まる気かよ」
「確かにね。みんなバラバラになっちゃいそう。私達はともかく、唯葉ちゃんたちは一年早く卒業するし」
「あぁ」
そう考えると、少し寂しい気分になる。
夏のインターハイ県予選までと考えてもあと五、六ヶ月しか一緒にバスケをできないんだ。
高校生活っていうのは意外に短い。
「そもそも、私達の関係が続いているのかもわかんないし」
「……なんてこと言うんだ」
「だって、もし柊喜がこの中の誰かと付き合い始めたら、ちょっとぎこちなくなっちゃうかも」
「そうだな」
「私、自分がどうなるかわかんない」
ぼーっとサラダを食べながら呟くあきらの横顔は、やけに無機質に見えた。
「あ、でも別に好きな子ができたら無理しないでね。そこで柊喜が変に意識して我慢するのは絶対に違う」
「うん」
「うわぁでもやだなぁ。ずっと柊喜の隣に居たいよ」
「……」
「あ、ごめん。さっきから何言ってんだろ。ちょっと二人きりになって頭おかしくなってたかも」
照れたように笑ってあきらは俺の方を見た。
久しぶりに至近距離で見る幼馴染の顔。
さっきまで他の奴がソファに座っていた事もあり、俺とあきらの距離はだいぶ近い。
お互いの体温が感じられるくらいだ。
じっと見つめられて気まずくなる。
「な、なんだよ」
「柊喜、変わったね。今まであんまり目を逸らさなかったのに」
「そりゃ、昔とは違うから」
「私が柊喜の事好きだから?」
「……そうだよ」
「今私が何考えてるかわかる?」
唐突に質問ゲームが始まって困惑した。
そして当然答えなんかわからない。
いや、あまり考えたくもない。
だけど、聞いてしまった。
「何考えてる?」
「キスしたい」
「……無理に決まってんだろ」
「今誰もいないよ」
「そういう問題じゃない」
こいつ、マジで変だ。
告白されて以降、雰囲気がおかしくなることはあったが、いつにも増して酷い。
しかも、その顔は本気。
冗談でもなく、純粋に俺に迫ってきている。
「ごめん。おかしな事言ってるのはわかってる。すずと公平に戦いたいって言ってたのに、こんな抜け駆けサイテーだって」
「あぁ」
「でも、好き過ぎてなんかおかしくなっちゃった。頭重い」
言われて、何故かあきらの裸を思い出してしまった。
何がきっかけだったのかは不明だが、唐突に。
そして、一瞬で俺の頭を何かが埋め尽くす。
あきらは続けた。
「多分甘えてるんだよ。柊喜なら断ってくれるってわかってるから。だから――っ!?」
気付けば俺はあきらの肩を両手でがっしり掴んでいた。
そして、そのまま……遠くに少し押した。
「本当に、ごめん」
「え?」
「……本当にしちゃいそうだから、マジでやめてくれ」
「っ」
「俺は理性がそんなに強くない。だから、こんな状況で執拗に迫られると折れてしまいそうになるんだ。だけど、実際お前と付き合いたいのかと聞かれればそういうわけでもない。ただの性欲だから」
「……うん」
「だから、こんな状況でお前とキスなんてできない。しちゃいけないんだ」
「……」
「わかったらもうやめてくれ」
「わかった。もうしない。ごめん」
最低な男だと思う。
何がどう最低なのか言語化できないが、俺はクズだ。
こんな俺があきらを穢すなんて、絶対あったらダメなんだ。
ソファの端まで動いてちょこんと姿勢良く座りなおしたあきらは、俯いてしまう。
当然だよな。
絶対嫌な気持ちになったはずだ。
幻滅したかもしれない。
しかし、あきらの口からは変な笑い声が漏れていた。
「やば……超嬉しい」
「お前、ふざけてるだろ」
「違うもんっ! でも、ホントに、嬉しかった。告白してよかったよ。フラれちゃってるけど。柊喜が私の事を女の子として意識してくれてるんだってわかって幸せ。前はその……したいと思わないって言ってたし」
「そっか」
「うん」
あきらは頷いた後、そのまま俺の背後に視線を移す。
「っていうか唯葉ちゃん、さっきからドアの前に居るの気付いてるから。入ってきていいですよ」
「あはは……盗み聞きしたみたいですみません」
「大丈夫です。私こそ暴走しちゃってごめんなさい」
「家にわたししかいなくてよかったですね」
とっくにトイレを済ませていたらしい唯葉先輩は大きく深呼吸しながら部屋に入ってくる。
そして、俺達の正面に腰を下ろして笑った。
「まぁ、わたしが二人きりにしましたから。お互い様でしょう」
「わざと部屋出たの?」
「それはどうでしょうね」
まぁ、どっちにせよ問題はそこではない。
俺の恥ずかしい吐露を唯葉先輩にも聞かれてしまっていたのか……。
チラッと顔を見ると、先輩はニヤりと笑って見せる。
「心配しなくても言いません。というか、千沙山くんは立派ですね。普通の男子ならあそこで押し倒しちゃいますよ」
「……そうですかね」
「私、肩掴まれた時一瞬頭をよぎったよ」
「そんなわけないだろ」
恥ずかしいやらなんやら、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
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