第173話 クリスマスゲーム
「もうそろそろクリスマスだよ」
「そうだな」
「でも私達、みんなクリぼっちだよ」
「そんなことないさ。クリスマスもみんなで練習するんだからな。この部にクリスチャンはいないし、問題ないだろ」
「そういう問題かな?」
「それにボールは恋人って言うだろ」
「ボールは友達、じゃなかったっけ。そんな異常性癖の人はいないよ」
「そっか」
「うん」
「あんた達、何言ってんのよ。キモいわね」
十二月、二学期の最終週。
いつも通り体育館で椅子に座っていた俺の横でずっと話しかけていたのはあきらだ。
クリスマスだと? 浮かれてんじゃねぇ。
そんな暇あるなら練習しろってんだ。
「キモいとか言わないでよ」
「ボールは恋人とか言ってたからでしょ」
「それ柊喜ね」
「あらそう。ごめんあきら」
「ううん。いいよ。姫希は今日も可愛いね」
「つめたッ! 氷みたいな手で急に頬っぺた触らないで!」
「寒いよぉ。温めてぇ」
俺の近くで姫希にダル絡みをするあきら。
二人で変な牽制をしながら鬼ごっこをしている。
「すずはどうした?」
「部室であたし達の脱いだ制服にくるまって寝てるわ」
「起こしてこい」
「えー、可愛いからそのまま置いてきちゃった」
「……」
脳内再生余裕なのが嫌なところだ。
今にもあどけない寝顔でゴロゴロしているすずが目に浮かぶ。
というか、単純な疑問なんだが、あいつは冬場でもノーパン族なのだろうか。
流石に寒いから履いているんだろうか。
変な意味ではなく、少し興味がある。
あんまり聞けるような事じゃないから聞かないが。
「ってか本当にクリスマスの日も練習するの?」
「勿論」
「まぁあたしは用事もなかったからいいけど。クリぼっちよりはマシよ」
「えー、どうせなら遊びたいじゃん」
「……」
「やめてあげろあきら。姫希にはクリスマスに遊ぶような友達がいないんだ」
「一番サイテーなのはあんたよ!」
椅子を蹴り飛ばされた。
くそ、乱暴な奴め。
「お前がもっとみんなと仲良くしないのが悪いんだろ。この前数学の問題を聞きに来てた女子を半泣きにしてたの、俺は見たからな」
「姫希……それはちょっと」
「あれは不可抗力よ! あの後ちゃんと謝ったわ」
俺とあきらに数学を教えて若干柔らかくなったと思ったが、一時的なものだったらしい。
人はやはりそう簡単に変わらないって事だ。
あの子は聞く相手を間違えたな。
「どうせ終日練習するわけじゃないし、終わった後みんなで遊ぼうよ」
「何をして?」
「なんかクリスマスらしい事っ!」
「……クリスマスらしい事?」
「クリスマスらしい事と言えばデート一択」
第三者の声が介入してきて、俺達は後ろを見る。
そこには、上下分厚い何かに覆われた化物がいた。
「すず、何着てるの……?」
「部活の練習着の上に、自分のと二人の制服を重ね着、最後にウィンドブレーカーでコーティングした」
「早く脱げ馬鹿ッ!」
言うや否や、姫希とあきらにその場で衣類を剥がれるすず。
刺激的な光景だ。
たまに俺の方を見ながら息を漏らしたり、『恥ずかしい……』とか言ったりしてるのもポイントが高い。
ふざけんなよ。
「誰が他人の制服着てるのよ! 変な皺が出来たら許さないわ」
「……ごめん。でも寒かったし、二人の制服良い匂いがしたから」
「我慢しなさい!」
普通に怒られてしゅんとするすずだが、全部こいつが悪い。
あきらもちょっと怒っている。
無茶な方法で制服を着るとおかしくなるし、当然だな。
「でもすず、前に遠征に行った時は寒さに強そうだったのに」
「真冬は無理」
「なるほど」
そんな話をしているうちに先輩達も集まり、俺達は普通に部活を開始した。
◇
つい先週までランメニューを増やしていたおかげか、全体的に動きが良くなった。
約二週間という短期間の追い込みではあったが、効果はあったらしい。
特に姫希とあきらは見違えるほど走れるようになった。
新人戦の時に動きの遅さという点について課題を感じていたが、若干フォローできた気がする。
何も闇雲に走らせていたわけではないのだ。
「次はスキルアップだな」
唯葉先輩と姫希はマンツーマンで指導できているし、問題は残りの三人だ。
あきらはシュートを中心に、すずはゴール下のプレイを中心に。
しかし、やはり凛子先輩への指導だけは悩んでしまう。
レイアップは上手くなったが、それだけだ。
相変わらず色々と酷い。
特にシュートが酷い。
何から手を付けて良いのか、頭を抱えている。
だがしかし、俺が一番コーチングに乗り気ではないのは凛子先輩ではない。
すずだ。
正直な話、身長のおかげもあってあいつへの指導が一番楽なんだが、それは相手が同性である場合だ。
どうしても体の接触が多いポジションであるため、練習に付き合うのは気が引ける。
いや違う。
俺が意識してしまうのだ。
努めて真摯に練習をサポートしてきたが、俺とて男である。
あんな可愛い子に、それも俺の事が好きだと言ってくれる子に、体を押し付けられて興奮しないわけがない。
だから困っている。
自分の事が嫌になってきた。
だがしかし、それを考えるのはもう少し先で良いか。
クリスマスに何もする予定はないが、二十三日はちょっとした予定があるのだ。
「全員集合」
集合をかけて、俺は簡潔に伝える。
「二十三日は練習試合を行う。午前は終業式があるから、その後昼食を食べてから向かう」
「おー、だから二十三日の午後は空けておけと言っていたんですね」
「その通りです唯葉ちゃん」
「交通手段はどうするのかな?」
「今回も彩華さんが送ってくれるそうです」
「相手はどこなの?」
「この前遠征で戦ったチームとか、俺達が新人戦でぼろ負けしたチームも来る」
「嘘ッ!?」
「本当だ。向こうの高校とはコンタクトを取っていたからな」
かなり前から準備をしていたのだ。
以前滝沢涼太に水族館デートの話をしたのも、元々練習試合の件で連絡を取り合っていたからだ。
結構色んなチームが来る大きな練習試合になる。
俺の話に部員達は表情を硬くしたため、すぐに苦笑して付け加えた。
「まぁ、そんなに身構える必要はない。年末のレクリエーションだと思ってくれ。前に言ってたご褒美って奴だ」
「何かあると思っていたけれど、練習試合ね。確かにここ数ヶ月実戦してなかったし、ありがたいわ」
「楽しみです! 今度こそちゃんと勝ちましょうね!」
「ん。今度こそあの人たちぶっ飛ばす」
喜んでくれて何よりである。
企画した甲斐があるってもんだ。
協力してくれた涼太や佐原にも感謝しないとな。
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