第145話 競う相手
【まえがき】
昨日二話更新してます!
◇
「ごめんなさい。恥ずかしかったので後輩たちには言ってなかったんです」
「いや、それは大丈夫ですけど……」
この前の身長入力もそうだが、何かと見栄っ張りな唯葉先輩だ。
今も恥ずかしそうに顔を赤くしているところを見ると、本当に言いたくなかったんだろう。
俺は別に気にしないが、先輩にはプライドがあるのだ。
「そんなに成績ヤバいんすか?」
「昨日お母さんに怒られました」
「……」
やはりちょっと子供っぽい返答。
つい笑いそうになったが、本人の顔は至って真面目なため躊躇する。
「この前の部活の結果も含めて大目玉を食らいました。塾まで辞めたのに、この点差はあり得ないって」
「それは……ショックですね」
「わたしも辛かったですけど、みんなの努力まで否定されたみたいでカッときちゃいました」
優しい人だな。
どんな時でもチームメイトの事まで気を配れるのがこの先輩の尊敬できるところだ。
いつも揶揄っていたりと、舐めた態度を取っている俺だが、内心唯葉先輩にはいつも感心している。
「それと、これは家庭の問題なのでアレなんですけど、怒られる時に『お姉ちゃんと違ってあなたはダメね』みたいな事を言われてしまいまして。それでちょっと落ち込んでいると言うか」
「お姉さん、成績良いんでしたっけ?」
「はい。今は国立大に通ってます」
「なるほど」
だからと言って、そんな比べ方は良くないと思う。
他人の家庭に口を挟むなんて非常識な事だと理解しているが、聞いていると嫌な気持ちになった。
「わたし、馬鹿なんですよね。努力してるつもりなんですけど、足りないのかな」
「塾をやめて空いた時間は何してるんですか?」
「……自主練です」
「壊れちゃいますよ」
なんとなく察しがついたため、確認で聞いてみると、やはり予想通りの答えが返ってきた。
あまりにもストイック過ぎる。
俺の練習メニューは軽くない。
ただでさえ唯葉先輩は人一倍練習に熱心だし、誰よりも動いている。
みんなをまとめようと頑張ってるのもわかる。
心身共に疲労を考えるといつ壊れてもおかしくない。
「唯葉ちゃんは頑張ってますよ。毎日見てるから俺にはわかります」
「でも、試合は惨敗でした。お姉ちゃんより基本性能が劣っている事も事実です。もっと頑張らなきゃいけないんです」
「競う相手間違えてますよ」
「え?」
前も姉とのスペック差の話は聞いていたが、今回はそれだけではない。
唯葉先輩はどちらが上か下か、という価値観に囚われすぎなのだ。
「倒すべき相手は過去の自分です。他人と比べてどうするんすか。特にお姉さんと成績を比べても仕方がないでしょう。マネージャーと勉強の両立より、選手と勉強の両立の方が苦しいに決まってます。初めから唯葉ちゃんの方がハンデを抱えてるんですよ」
「……」
「試合だってそうです。あの人達は交代も多ければ、練習の積み重ねだって段違いだ。方や俺たちは練習試合すらまともにできない、そもそも人数が揃わない現状。比べる方が馬鹿らしい」
「じゃあ一生勝てないじゃないですか」
「練習環境は勝てませんね。仕方ないです」
あっさり認めた俺に唯葉先輩は目を見開く。
「でも環境が全てではありません。そもそもうちのチームの方が相手より勝っている事だってあると思います」
「例えば?」
「仲の良さとか」
「あははっ、それは確かにそうです」
「でしょ?」
当然な話で、俺達はこれからたくさんの練習をしなければならない。
その量は絶対相手の高校より多いだろう。
元が弱いんだから、多く練習しないと埋め合わせられないのは当たり前だ。
しかし、それだけじゃない。
「上っ面の付き合いでする三時間の練習と、みんなで励まし合いながら考えてする三時間の練習、どちらの方が効果があるかなんて言うまでもないでしょう」
「……そうですね」
「唯葉ちゃん、焦り過ぎです。確かに二年生なので俺達に比べたら残り時間も短く、ピンチに思えているかもしれません。だけど、任せてください」
うちのコーチをしているのはそこらの胡散臭いおっさんじゃないのだ。
一緒にバーベキューしたり、合宿したり、楽しさを共有した男子高校生である。
自分で言うのは何とも恥ずかしいが、俺はみんなと仲良くできていると思っている。
あきらやすず、凛子先輩は勿論、いつもツンツンしている姫希だって友達なはずだ。
そしてそれが唯葉先輩にも当てはまる。
「自主練の頻度は?」
「毎日です」
「減らしてください。火曜と木曜にしましょう」
「でも、それじゃ練習量が減ってしまいます」
「俺が一緒に練習に付き合います。それなら時間を減らしても問題なくないですか?」
「千沙山くんのマンツーマンコーチングっ!? ついにわたしにも!?」
「はい。この前の試合で課題も見つかったので、これからは覚悟しておいて下さい」
「ふふふ、覚悟するのは千沙山くんの方かもしれませんよ? わたし、物分かりが悪いんです」
謎の余裕で自慢気に笑う唯葉先輩の顔は、少しむかつく。
だけど、テンションも普段通りに戻ってくれたため、まぁいい。
「そして勉強についてですが、テスト休暇を取りましょう」
「そうですね!」
決断の一番の懸念点だった問題がなくなったのだ。
凛子先輩と朝野先輩、あと姫希には少し申し訳ないが、今更だろう。
部員の危機はチームの危機だ。
全員で冬休み補習を回避し、次の大会に臨もうではないか。
とかなんとか話していると、予冷が鳴った。
どうやら昼休みが終わったらしい。
「あはは、なんにも勉強してませんね、わたしたち」
「……やらかしました」
「明日からも図書室に来ますか?」
「そのつもりです」
「じゃあわたし、待ってますね!」
「……学年違うのに一緒にやっても意味ないでしょ」
「寂しいじゃないですか」
「それもそうです」
まぁ、何はともあれ決意は定まった。
これから少し、勉強休暇期間を設けよう。
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