第134話 美味しいご飯

「好きなだけ頼んじゃって結構だから。ご飯食べるのが一番元気になるのよ」

「じゃあ遠慮なく」

「あ、でも食べられない量を嫌がらせで頼んだりはしないでくれるかしら?」

「するわけねーだろ」


 姫希と二人で例のファミレスにやってきた。


 こいつは俺の事を何だと思っているのか。

 苦笑しながらツッコむと姫希もニヤッと笑った。

 一応ボケだったみたいだ。

 珍しい。


 二人で普段よりも多めの量を頼むと、注文した料理が届くまで暇になる。


「日直はどうだったの?」

「少し話をしたよ」

「へぇ。何言われたの?」

「別に特に」

「あの人も普通に会話できるのね。この前体育の時にペアになったんだけど、その時は『サッカーも苦手なんだね』って言われたわ」

「……」


 思い出してしょんぼりしている姫希。

 サッカー”も”というのはバスケの事を指しているのだろうか。

 相変わらず言動に粗が目立つ奴だ。


「気にしなくても今のお前なら素人をボコボコにできるぞ」

「わかってるわ。変な話だけど、週末の試合で自信はついた」

「おう。それが一番大事だ」


 俺も小学校や中学校の時は自分に絶対的な自信があった。

 この中の誰よりも俺が強い、負けるわけがない。

 そう思えたからこそ自由に動けた。

 時として自分への期待がプレッシャーになる時もあったが、ネガティブな感情で動けないよりはマシだ。


「試合、今週末ね」

「そうだな」

「……大丈夫かしら」

「……」


 言わずもがなあきらの事である。

 うちの部活は五人ピッタリしかいないため、一人でも参加できなければ欠場という形をとるしかない。

 正直タイミングはかなり悪いのだ。

 ただ、俺と曖昧な関係で一緒に居辛いというあきらの気持ちもわかる。


 そんな事を考える俺に、姫希は言った。


「まぁ、仕方ないわね。もしもの時は次を頑張ればいいのよ」

「楽観的だな」

「だってどう考えてもあきらにとっては今悩んでる事の方が大事だもの。家族同然の君との関係が変わっちゃったのよ?」

「……」


 部活と家族。

 普通の奴は天秤にかけるまでもないんだろう。

 俺は正直分からない。

 家族と呼べる家族なんていないしな。

 そもそも、俺にとっては部活をすることが家族と繋がれる可能性があるツールだった。


「なんで俺がバスケ始めたかって話したことあったっけ?」

「小二くらいから始めたって事くらいしか知らないわ」

「実はバスケってのは母親が唯一俺にくれたものだったんだよ」

「え?」


 思い出すと恥ずかしくなるが、ガキなんて単純なんだ。


「俺の母親はバスケが好きだったんだ。で、小さい頃から試合とか見せられたり、公園で遊んだりしてたんだけど、当の俺は昔全くバスケに興味がわかなくてさ」

「うん」

「で、いざ両親が離婚するってなった時、母親に懐いてた俺は捨てられたくなくて、バスケを始めたんだ。バスケをやったら親の関心が戻って来るかなって。そんなわけないのに、馬鹿だよな」


 いざ口に出して変な笑いが漏れた。

 子供の単純な思考ってのは恐ろしいものだ。

 痛々しくて笑うしかない。


「……なにそれ」

「え?」


 しかし、乾いた笑いを漏らす俺の正面で姫希は泣いていた。

 ぽろぽろと涙をこぼしていた。


「お、おい。どうしたんだよ」

「君が泣かせるような事言うからじゃない! ……なによそれ。馬鹿!」

「ば、馬鹿!?」


 急な罵倒に驚く。


 しかし、泣かせるようなことも何も、ただの思い出話でしかない。

 だって母親が家を出て以来、俺はあの人の顔は愚か、声すら聞いていないからな。

 そんなもんだ。


 俺も才能があったわけじゃない。

 小学校の頃はスタメンになるのすら必死だった。

 帰ってくるはずのない母親を求めて、馬鹿らしく努力することしか能がなかったのだ。


「だから君にとってあきらは家族同然って事なのね」

「まぁ、そうだな」


 俺の当時の心は寂しさでぽっかり空いていた。

 それを埋めてくれたのは紛れもなくあきらだ。

 だからこそ、今こうして悩んでいる。


「付き合っちゃいなさいよ、もう」

「でも俺はあいつに恋愛感情がない」

「……付き合うことから始まる恋もあるんじゃないかしら。あきらの事好きなんでしょ?」

「その言い方は語弊がある」

「好きならなんでもいいじゃない」


 姫希の言わんとすることはわかる。

 だがしかし、不十分だ。

 これは個人的でわがままな感情だが、俺はあきらをそういう目で見たくない。

 女の子として意識することに物凄い嫌悪感がある。

 それに、この問題は俺とあきらだけに影響があるわけではない。


 俺とあきらが付き合ったとして、すずはどうなるか。

 そんなもの、部活に来なくなるに決まっている。

 あいつは俺目当てで部活に来るようになったのだ。

 俺が他の奴と付き合ったとなれば、顔を見せなくなるだろう。

 そんなの嫌だ。

 俺はあいつと一緒に勝ちたい。


 凛子先輩はどうだろう。

 部活には来てくれると思うが、露骨にテンションが下がるかもしれない。

 あぁ見えて弱い人だと思う。

 いつも元気そうにふざけているが、あれは虚勢だ。


「他にも俺を好いてくれている人がいる状態で、そんな半端な付き合い方はしたくない」

「……ごもっともね。どのみち今付き合っちゃえば部内はぐちゃぐちゃよ。でも、君は本当にそれでいいの?」

「俺? あきらの方が心配じゃないのかよ」

「今は君と会話してるんだから君の心配するわよ。あたし嫌いだし。恋愛話でフラれる側が可哀想って言われて、フった方が悪役になる奴。……あ、君の元カノは例外だけれど」


 そんなことを話していると料理が運ばれてきた。

 相変わらず爆食いな姫希だが、対する俺も二人前頼んだ。

 身体もデカいし、がっつり食べたいときはこのくらい頼む。

 まぁ他人の奢りでこれをするのは気が引けるが。

 いや違うな。

 今までの分を考慮すればこんなの可愛いもんだ。


「ん、美味しい。やっぱりご飯食べてる時は幸せ」

「あぁ」


 その幸せを今まで一緒に味わってきたのはあきらだ。

 あいつの作ったご飯はいつも温かくて、美味しくて。

 美味しいって伝えた後の笑顔がまたスパイスになっていた。


 確かに、距離を置いた方が良いのかもしれないな。


「でも気持ちは変わるわ。あんまり他の子の事を考えて自分の気持ち押さえつけないようにした方が良いわよ」

「お、おう」

「あー、ここのドリアいつ食べても美味しいわ。今度自分で作ってみようかしら」

「……」


 真顔で言ってきたかと思えば、目を輝かせてドリアを頬張る姫希。

 猫舌とは無縁そうだ。


「ありがとな」

「何がよ」

「わざわざ話し相手になってくれて」

「このくらい当然よ。もうちょっと人を頼りなさい」


 いつも頼りっ放しだと思うんだが、こいつから見た俺はどうなっているんだろうか。

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