第126話 始めた理由
迎える最後の試合。
実際には本日ラスト試合というわけではないのだが、因縁の相手とやれるのはこれが最後。
俺達にとってはここが一番勝ちたいところである。
ベンチで準備をしながら、俺は指示を出した。
「前半はいつも通りでいい。万全の体力で午前と同じことができればいい勝負ができるだろう」
「私のシュートが鍵だね」
「そうだな」
「任せてよ」
笑みも見せず、ただ真っ直ぐに俺を見上げて言うあきら。
これは信じて大丈夫だろう。
全く浮ついてないし、それは他の部員にも言える。
「チャンスがあったら姫希、凛子先輩も攻めて。すずは気持ちで負けんな。あと唯葉ちゃんは全体のフォローを」
色々考えたが、急に普段とは違う指示を出しても混乱するだけだと判断した。
だからこそ、とりあえずは様子見だ。
いくら相手の調子が良くても、昨日みたいにボコボコにされることはないと思う。
そんなこんなで話していると試合が始まる。
全員がコートに旅立っていく姿を見送りながら、ただ祈るのみ。
毎回思うが、コーチってのは無力だ。
何もしてやれない。
そんな時だった。
「ね、柊喜」
「あきら?」
一人だけコートに入らずにズボンの紐を結びながら、振り返ってくる。
「なんで私がバスケ始めたか、知ってる?」
「え、いや……」
咄嗟に聞かれたが、思い浮かばなかった。
そう言えば聞いたこともなかった気がする。
大体雰囲気で、幼馴染の俺がやっていたから中学で始めたのだと思っていたが、違うんだろうか。
首を傾げて見せると、彼女はふっと珍しくクールな笑みを見せた。
「一つはカッコいい柊喜に憧れたからだよ」
「そ、そうか」
「うん。でも二つ目は教えない」
「は?」
意表を突かれて変な声が出た。
と、そんな俺の反応にあきらは揶揄うように笑う。
「勝ったら教える」
「そっか」
言いたいことを喋った後、あきらはコートに走って入った。
「じゃあ絶対負けんなよ」
ぼそっと言いながら俺もベンチにふんぞり返る。
コーチに大事なのは威厳だからな。
それにしても、粋な事をする奴だ。
こっちも気になるから、負けたくないし、より気合が入った。
これ以上にやる気を煽る文句はないだろう。
と、そんな事を考えているうちに試合が始まる。
泣いても笑っても、あの因縁の女子を相手にするのはこの試合が最後だ。
負けは許されない。
凛子先輩の身体能力のなせる業により、ジャンプボールを制す。
俺達のオフェンスからスタートした。
ゆっくりボールを運んでいく姫希。
対する相手は先ほどの接戦があるため、やや守りが固い。
しかし、俺との夜の特訓のおかげで、今の姫希にそこら辺の女子の甘いディフェンスなんてノープレッシャーも良いところだ。
そのため、無事にボールを敵陣まで運べた。
そして始まる攻撃フェイズ。
姫希は迷わずにあきらにパスを出した。
別にフリーであるわけでもないあきらはそのボールを受け取る。
「おぉ……」
一対一だ。
相手は丁度あきらに散々嫌がらせをしていたあいつだし、これ以上ないシチュエーション。
さて、どうするあきら。
と、そこで俺はあきらにバスケ部に誘われた時の事を思い出した。
たらふくカレーを食わされた後の庭での会話。
あの時も、一対一から始まったんだ。
『何故ゴールを見ない? この位置ならシュートを狙え』
『え、いや……その』
『ドリブルしか狙ってない奴を止めるのなんて簡単なんだよ。だからお前は弱い! 中学の頃からなんにも変わってねぇ。部活舐めんな。ちなみに俺はこの攻防で一歩も動いてない』
『わっ! ホントだ!』
馬鹿みたいなあきらとのやり取りが鮮明に思い出される。
まるでデジャブだ。
あきらが今立っている場所は、スリーポイントラインの近く。
シュート圏内である。
あきらはボールを貰った瞬間、すぐにゴールを見た。
そして、相手がシュートを警戒していないことを悟ったのか、すぐにボールを放った。
慌てて相手がブロックに飛ぶが、間に合うわけがない。
あきらのシュートはそのまま綺麗な放物線を描きながら、ネットを揺らした。
入ったのだ。
「……そっか」
そうだよな。
練習してきたもんな。
嫌ってほど、耳に胼胝ができるほど、口を酸っぱくして言ってきたもんな。
一対一の時はまずシュートを狙えって。
流石に二ヶ月も言い続ければ身につくんだ。
だけどさ、やっぱ嬉しいよな。
初めて見た時に注意したプレーが改善されてるの見ると、嬉しいよ。
この二か月間の努力は無駄じゃなかったんだって。
俺も役に立てたんだって。
あと、ウザそうにため息を吐く相手の女子を見ているとスカッとするよな。
「気を抜くなよ!」
「当たり前よッ!」
声掛けなんて必要なかったか。
食い気味で姫希に言われて苦笑が漏れた。
俺は安心しながら、その後も試合を眺めた。
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