第124話 根拠のない自信

「ま、千沙山君がどうしようもないダメ人間にでも成り下がらない限り、あの子たちの気持ちは治まりつかないだろうね」

「どうしようもないダメ人間っすか」

「シュート外したらぶん殴ったり、普通にセクハラしまくったり」

「ガチの犯罪案件じゃないですか」

「そうだね」


 うどんを食べ終えたらしく、きちんと手を合わせて『ごちそうさまでした』と挨拶をした彩華さん。

 食べる前も『いただきます』をしていた気がする。

 こういうちょっとしたところが真面目なのっていいよな。


「だってこれからも君は本気でコーチしていくんでしょ? 一人一人に向き合いながら、精一杯。好きにならないわけないじゃん」

「……イケメンでもないし、口も性格も悪い俺相手っすよ?」

「顔とか関係ないよ。君の人となりはここ二日とか、唯葉に聞いた話からでしか判断できないけど、少なくとも性格悪いなんて思わないし」


 イケメンじゃないことは否定されなかった。

 いや、確かにイケメンじゃないし、否定されることを望んでもなかったよ。

 だけど、なんだかなぁ。


 彩華さんは足を組んで頬杖をついた。


「普通こんな部活のコーチなんて真面目に引受けないよ。私、実際に君を見るまで、どうせ下心で動いてるだけなんだろうなって思ってたし。君は異常なんだよ」

「俺がお願いされたのは部活のコーチですから。当たり前のことをしているだけです」

「びっくりするほど真面目だよね。そういうとこが多分刺さっちゃうんだよ」

「……どうすればいいんすか」

「あははっ」


 あいつらに嫌われるのも嫌だが、このままの状態で良いとも思わない。

 どうにかしなければならないのだ。


「いっそのこと、誰かと付き合っちゃえば? そうすればこういう問題は無くなるよ。まぁ逆に、別の問題も増えるかもだけど」


 八方塞がりである。



 ◇



 結局大した解決策なんて浮かばないまま俺と彩華さんは別れた。

 再び学校に戻ってきたわけだが、どうしたものか。

 もう控室に入っても大丈夫かな。


 そんな事を思いながら歩いていると。


「お、コーチ君じゃん」

「さっきの……」


 丁度トイレから出てきたらしい他校の女子に遭遇した。

 あきらの因縁の相手だ。

 彼女は俺の顔を見るとニヤッと笑う。


「なんかごめんね? 私のせいで荒れちゃった?」

「ああいう事は言わないでください」

「えー。なにそれ。怒ってる? 怖いよ」

「……」


 わざとらしく声を上げる女子。

 俺は別に怒ってはいない。

 昨日のあきらへの悪口はともかく、さっきの話は俺に非があるから。


「あの子、傷ついてた? おっぱいおっきい子」

「……当たり前でしょ」

「うーん、なんかごめんね? ちょっと大人げなかったかも」


 一々言動が癇に障る。

 多分煽ってるんだろうな。

 だがしかし、挑発したらやり返されるくらいは覚悟して欲しい。


「大人げなくなんてないですよ。接戦できる良いライバルじゃないですか、俺達」

「……」

「まぁ次も良い試合になるとは限りませんけど。うちの部強いんで」

「はぁ? さっきの試合見てたけど、ぐちゃぐちゃだったじゃん。あれでうちらに勝てると思ってんの?」

「勝てますよ」

「馬鹿なの? 根拠のない自信マジキモいよ」

「少なくとも、負けそうになったからって試合後に精神攻撃してくる人には負けないですよ。そんな軟弱に育てたつもりないっす」


 あの試合後に、あのタイミングだ。

 故意的な嫌がらせと見るのが自然だろう。


 実際効果はてき面で、俺達はバラバラになった。

 この件で部内に決定的な確執が生まれるかもしれない。

 だがしかし。

 こんな人には負けないと、それだけは確信に近いものがあった。


「なに、育てるって」

「コーチですから」

「きっしょ」


 ゴミを見るような目で見られて、不思議と笑みが零れた。

 久々だ、好意的じゃない女の子の顔を見るのは。

 未来にフラれた直後のクラスメイトの顔を思い出す。


 というか、いよいよ本性を現したな。

 この人は何しに部活に来ているんだろうか。


「そもそも君一年生でしょ? 何コーチって。君に何ができんの? どーせ普段から変な事しか考えてないくせに調子乗んなよ」


 俺は至って真面目に指導しているつもりなんだがな。

 どうしても内情を知らない人には伝わらない。

 さっきの彩華さんも、この前会ったすずの弟の一真君も、みんな俺に懐疑的な目を向けていた。

 そんなもんだ。


 男子高生が女子部活に混じるなんて、色恋に結び付けないはずがないのだ。

 実際、結びついてしまっているし。

 だがしかし、俺にその気はない。


 ため息を吐いていると、丁度人の影が近づいてきた。

 そしてそれは知り合いだった。


「……何、揉めてんの?」

「いえ」


 つい最近まで絡んできていた、うちの高校の先輩だった。

 宮永陽太である。

 たまたま顔を見なかったから忘れていたが、この人もバスケ部に入っていたし、男女合同練習試合のこの場に居ても不思議ではない。

 顔を引きつらせる先輩は、俺の正面に立つ女子に目を向ける。


「悪いことは言わねーから、こいつにバスケで喧嘩売るのはやめといたほうがいーよ」

「え?」

「多分この会場でこいつより強い奴いねーし、いや、なんなら……」

「そんなわけないでしょ」

「はいはい」


 余程この前の一対一の負け方が絶望だったらしい。

 苦笑しながら肩を竦める宮永先輩。

 と、それを見て女子は俺に視線を戻す。


「なにそれ。嘘でしょ?」

「この会場で俺より強い人がいないっていうのは知りませんが、バスケで喧嘩を売られるのは嫌いです」

「……わけわかんない。きも」


 得体を知れないモノを見るような目を向けられ、悲しくなる。

 ただ一つ言っておかなければならない。


「負けたら謝ってくださいね、うちのエースに」

「……」


 相手の返答なんて待たずに俺は踵を返した。

 姑息な手を使ってくる奴は正面から叩きのめすだけである。


 歩いていると横から宮永先輩が話しかけてきた。


「お前、どこでも喧嘩してるよな」

「……人聞き悪いっすね」

「事実だろ。あーあ、あの子かわいそー。知ってるか? あの日から竹原のあだ名が土下座きのこになった事」

「なんすかそれ」


 確かに朝野先輩達に土下座させられてたけど、そこまで広まったのか。


「昔っからバスケになるとキレるじゃんお前。あの子の今後を思うと泣けてくるわ」

「……でも、今回は俺がどうにかできる事じゃないんで」

「はは、まぁそうかもな。ただ、お前が本気で教え込んだ奴らがそこらのチームに負けるとは思わねーけど。あんなに女バスが練習してるとこ、見たことなかったし」

「そうっすか」


 やれることはやった。

 八月下旬からだったが、二ヶ月は毎日顔を合わせて、色んな問題にぶつかってきた。

 俺もあいつらを信じている。


「頑張れよ」

「はい」


 手をひらひら振りながら去って行く先輩の背中を見ながら、俺はこぶしを握り締めた。

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