第69話 頭がおかしくなったのか

 翌日も午前から部活である。

 全員で朝起きて、軽く朝食を食べた後に学校へ向かった。

 すずがなかなか起きなかったり、唯葉先輩のトイレが長すぎて全員が漏らしかけたりと、色々問題はあったが、今は割愛しよう。


 と、そんなわけで今日も元気に部活だ。


「合宿は楽しい?」

「色々手もかかりますが楽しいですよ。朝野先輩も来れたらもっと楽しかったと思いますけど。……昼までとか、泊らずともちょっとうちに来ませんか?」

「ありがとう。でも遠慮しようかな。今日は親に早く帰れって言われてるし」

「そうですか……」

「また機会があったらその時に」

「絶対誘います」


 五人の練習風景を見ながら、俺とマネージャーの朝野先輩はそんな会話を交わす。

 どうせなら全員で集まった方が楽しいからな。

 疎外感を与えるのもあまり好きではない。


 朝野先輩はそんな俺に苦笑する。


「そんなに気にしなくても大丈夫。昨日は何食べたの?」

「バーベキューしました」

「あら。姫希がいっぱい食べて大変だったんじゃない?」

「そりゃもう。あいつに食費の半分くらい持っていかれてる気がします」

「あはは」


 コートではフットワークの練習をしながら汗を流す姫希。

 若干動きが重いような気がする。


「もうそろそろ練習試合とか組みたいんですけどね」

「そうだね」


 流石にこのまま、ぶっつけ本番で公式戦出場は無謀過ぎるだろう。

 俺も精一杯手をかけて教えてはいるが、結局のところ実戦に勝る練習などない。

 しかし、女子バスケ部の知り合いか……。


「どうしよう。俺の人脈に、近くの高校で女バスのコーチをやってる人なんていないですし」


 直談判しかないのだろうか。

 この俺自ら出向いて、相手の顧問の先生に頭を下げる。


 ……。


 絶対になんだこいつって思われるよな。

 冷静に考えて高一でコーチなんて、さらに言うなら男子が女子のコーチをしているなんてイレギュラーだろうし。

 今更他人からどう思われようが構わないが、相手をしてもらえるかわからない。


 それにこいつらの実力もある。

 明らかに格上の所に対戦を申し込むのは普通に失礼だ。

 くそ、八方塞がりじゃねえか。


「私達の人脈を使えばいいんじゃない?」

「……なるほど」


 朝野先輩の言葉に納得する。

 この人達の友達が、他の高校でバスケをしている事だってあるだろう。

 そこから頼み込めばいけるかもしれない。


 なんて話していると、水を飲みに来た唯葉先輩が首を傾げる。


「何の話ですか?」

「練習試合をしてくれそうな高校を探してて」

「あ! それなら隣の市の高校なんてどうでしょう。あまり強くありませんし、スタメンの一人とは友達なので連絡取れます」

「マジっすか?」


 思わぬところから繋がりが見えた。

 なんとかなるかもしれない。


「あとその高校の男バスでマネージャーをしてる子ともお友達なので、男女合同練習試合とかにしたらどうでしょう。そしたらうちの男子顧問の先生が話を進めてくれるような気がします」

「それはそうですね」


 女子バスケ部と違って、うちの男子バスケ部はそこそこちゃんとしている。

 顧問の先生は厳しい体育教官だし、部員も真面目に頑張っている奴が多い。

 俺達とは大違いだ。


 問題があるとすれば、俺がちょっと気まずいくらいだが。


「あ、でも千沙山くんは、男バスの隣で女バスのコーチするの、恥ずかしいですよね……」

「まぁ後で考えましょう」

「はい!」


 恥ずかしくはない。

 そんな事を気にするくらいなら、はなからコーチングの頼みなんて受けていない。

 だが、裏で何かを言われるのは面倒だ。

 ただでさえ未来との件で俺が女子部活のコーチをしている事が知られ、奇異の視線を向けられているこの頃、あまり火種は増やしたくないのも事実である。


 なんて考えているときだった。


「姫希っ!?」


 ドンという振動が体育館に響いた直後、あきらの声が上がった。

 すぐに声の方を見ると姫希が壁にもたれかかっている。


 走って駆け付けた。


「大丈夫か?」

「……ちょ、ちょっとくらっとしただけよ」

「……」


 相変わらず顔色が悪い。

 貧血か脱水症状か、どちらにせよ普通ではない。


「ちょっと触るぞ」

「……あ」


 俺は姫希をお姫様抱っこで持ち上げ、そのまま移動した。

 よほど体調が悪いのか、珍しく抵抗もされない。


 体育館の玄関口まで出て、俺は姫希と一緒に外に座った。


 ぐったりとした彼女の頭を寄せ、付いて来てくれた朝野先輩から経口補水液を受け取る。


「飲めるか?」

「……うん」


 キャップを開けて渡すと、姫希はそれに口をつける。

 少し飲むと、落ち着いた。


「大丈夫っ?」

「朝特有の低血圧かな? 心配だな」

「タオル持ってきた」

「キャプテンなのに気付いてあげられなくてごめん!」


 四人とも心配そうに姫希の様子を見る。

 なんで倒れたのか気になっているようだ。

 だがしかし、正直俺には姫希の不調の原因に心当たりがある。



 ◇



「……迷惑かけてごめんなさい」

「何言ってんだよ。全然迷惑じゃねえよ」


 他の奴らを練習に戻した後、俺と姫希は二人きりで風に当たっていた。

 今は少し距離を取っている。

 仕方がないこととは言え、お姫様抱っこなんて恥ずかしかっただろうしな。


「……寝れてないんだろ?」

「なんでそれを……?」

「神経質なお前が、俺と同じ部屋で寝れるわけがなかったんだ。ごめんな、気を遣わせて」


 そう、姫希の体調不良は恐らく睡眠不足のせいである。

 横を見ると、彼女は気まずそうに口を開いた。


「自分の事が嫌いよ。君の事意識しちゃって、全く寝付けなかった」

「俺の配慮が足りなかったんだ。気にすんな」

「違うわ。あたしがあの部屋で寝ろって言ったんだもの。皮肉な話よね、意識してたのはあたしだけ。これじゃあたしが変態みたいだわ」


 若干自暴自棄に聞こえるのは顔色が悪いからだろうか。


「ってか、やっぱりわかんないわ。あたしは元々寝つきが悪いのよ」

「そうか」


 まぁ自分の枕じゃないと寝れないとか、人それぞれあるもんな。


「無理しなくてもいいぞ。今日は夕飯までうちで飯食って、夜だけ自分の家で寝ても良いし」

「……嫌よ」

「え?」

「楽しいんだもの。昨日、すっごく楽しかったわ。みんなと一緒に居たいの」


 恥ずかしそうにそう呟いた姫希に、俺は笑みが零れる。


「な、なによッ!?」

「いや何も。ただ可愛いとこもあるなぁと思って」

「ッ! 馬鹿にしてるわよね?」

「褒めてるんだよ。いつもそんな風に素直になれよ」


 言うと顔を顰められた。


「楽しんでもらえて嬉しいよ。あいつらもそんなに言ってもらえて喜ぶと思うし」

「恥ずかしいから面と向かって言うのは……」

「はは、お前はそういう奴だよな。でも、流石に同じ場所で寝るのはなぁ」


 毎日寝不足なのは可哀想だ。

 流石に今日からは俺と別の部屋で寝かせるしかない。


 そうなると、すずか凛子先輩と交代させることになる。

 ……それはそれで問題な気がする。

 貞操の危機を感じるのだが。


 考え込んでいる俺の腕に、さらさらとした髪の感触を感じた。


「え? ……姫希?」

「もう平気よ。なんか安心するわ」

「……はぁ?」


 俺の右腕にもたれかかる姫希に、首を傾げる。

 こいつは体調不良で頭がおかしくなったのだろうか。


「お前が良いならなんでもいいが……。明日も寝不足は勘弁してくれよ?」

「……わかったわ」


 そのまま、彼女はしばらく俺に頭を預けていた。




 ◇


【あとがき】


 男女合同練習試合……(╹◡╹)

 ちょっとした意味のある宣伝。

 よかったら読んでみてください♪

 ↓

 https://kakuyomu.jp/works/16816700427971834878

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