第58話 幼馴染は犬

 家に帰ると、既にあきらが待ってくれていた。

 彼女は俺に気付いて出迎えてくれる。


「おかえり」

「ただいま。帰り道、何もなかったか?」

「全然。姫希と唯葉ちゃんは電車一緒だし、すずと私は一緒に帰ったから一人じゃないもん」

「そっか。ならいいんだ……」

「何? 心配だったの?」

「そりゃな」


 直前によくわからん先輩に絡まれていたのだ。

 ストーカー癖があるみたいだし、気にならない方がおかしいだろう。


 と、胸を撫で下ろす俺をあきらは笑う。


「変なの。突っかかられてたの柊喜じゃん。わざわざ気にしてくれるとか、どういう風の吹き回し?」

「いや、一応コーチとしての監督責任が」

「なにそれ」

「……なんだろうな」


 自分でも言っていてよくわからなかった。

 相手は同い年、ましてや先輩だぞ。

 だがしかし、あんなことがあった後だと気にはなる。

 目をつけられていたし。


 と、玄関で話しているとあきらの眉が寄る。

 そのまま彼女は近づいてきて俺の服を匂った。


「はあッ!? 何してんだお前ッ!?」

「……凛子ちゃんの匂いがする。家あがってた?」

「犬かお前は!」


 脅威の嗅覚に驚きながら、俺は家に上がる。

 部屋の中へ入ると既に料理が用意されていた。

 いつもながらありがたい。


「何してたの?」

「話だよ。部活とか、その他諸々の」

「ふーん?」

「なんだよ……」


 浮気夫を見るような目を向けられ、居心地が悪い。

 でも確かに、家で料理を作って待ってくれている幼馴染を放って、その間に他の女と会っていたと聞いたら聞こえは最悪だな。


「遅れて悪かったよ」

「いいんだよ別に。色々あったし」

「本当だよな。まさかあの先輩がこの学校に居たとは」

「私も知らなかった。相変わらず柄悪いよね」


 あきらは例の事件以来、あいつを嫌っているからな。

 珍しく嫌悪を露骨に表すあきらに苦笑が漏れる。


「宮永先輩と何話してたの?」

「ん? 久しぶりですねーって」

「それだけ?」

「まぁ大した話はしてないな。仲良くねえし」

「気をつけてね。何してくるかわかんないから」

「まぁそうだな」


 俺自身に心配はない。

 中学時代だって表立って何かされたことはないし。

 ただ、凛子先輩の件は不安が多い。


「あ、今日はグラタンなんだ。今から焼くねっ」

「いいね」


 毎日違う品を作ってくれるから飽きもしない。

 作ってくれるだけでも嬉しいのに、メニューも凝っている。


「で、凛子ちゃんとは何話してたの?」

「ストーカーの話と、部活の話」

「ストーカーって、あの先輩たち?」

「あぁ」


 頷くとあきらは険しい顔を見せた。


「あの人たち、何回か見たことあったんだ。部活の後に凛子ちゃんにちょっかいかけててさ。……柊喜に話しておくべきだった」

「どうしたもんかなぁ。なんで俺達にはストーカーが寄ってくるんだろうか」

「モテる人は大変だね」

「嫌味か?」

「違うけど」


 俺がモテるだって?

 笑わせんな。

 自分で言う事ではないが、性格も悪いしクズだしダサいし、ロクでもないぞ。

 身長くらいしか取り柄はない。

 それも、『デカいから邪魔』だと言われるレベルなため、もはや長所と呼べるかは甚だ疑問だが。


「お前だってモテるじゃねえか」

「まぁ否定はしないかな。凛子ちゃんほどではないけど」


 ニヤッと笑って胸を張るあきら。

 そりゃもう立派なものが二つ付いている。

 モテると言われても『そうだろうな』っていう感想しかわかない。


「お前は可愛いし、優しいし、料理上手だし、良いとこばっかりだもんな」

「なにそれ。口説いてる?」

「褒めてるだけだ」

「あっそう。でもそれなら凛子ちゃんも一緒じゃん。向こうは頭も良いし、もはや完璧だよ」

「バスケは下手なのにな」


 どうしてそんなにスペックが高いのに、バスケだけ下手なのか。

 もはや意味が分からない。


「ってか、そんなにストーカーが心配なら毎日送ってあげれば?」

「馬鹿言うな。そもそも週に数回は姫希と用事あるし」

「それもそっか。大変だねコーチ」

「その分お前らが上達してくれれば嬉しいもんだぜ」

「頑張りまーっす」


 腑抜けた声で返事をする幼馴染に苦笑いを浮かべる。

 女子部活のコーチってのは考えることが多すぎだ。

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