第46話 距離が近い

「柊喜、シュートフォーム見てもらいたいんだけど」

「おう」


 練習を開始するまでの間、先輩二人を待っているとあきらにそんな事を言われる。

 彼女がシュートを打つのを眺めた。


「どう?」

「もうちょっと膝を曲げたらどうだ? こう、足の力をボールに伝えるような」

「こう?」

「もうちょっと」


 あきらの両ももを抑えるように触る。


「そのくらいまで沈んでから打ってみろ」

「うん。……あ、めっちゃ飛ぶ」

「いつもスリーポイント打つのに苦戦してただろ? これで飛距離も伸びるだろうし、打ちやすくなるぞ」

「ちゃんと見ててくれてるんだ」

「コーチだから」


 見るのが仕事のようなものである。

 まぁ完全なるボランティアなため、お賃金は発生していないが。


 なんて二人でやっていると、姫希が歩いてきた。


「……なんか二人の距離近くない?」

「普通だよ。ね?」

「おう。どちらかと言うとお前が過剰に俺を避けてるだけだぞ」

「……そういうつもりはないわ。部室から出てきたらバックハグしてて流石に驚いたわよ」

「バックハグ?」


 そんな洒落たものをした覚えはないのだが。

 いや、ももを抑えた時の格好がそう見えたのか。

 だとすれば勘違いも良いところである。

 幼馴染だし昨日は同じベッドにいたような間柄であるため、若干ボディータッチも無遠慮だったかもしれない。

 しかし、俺が否定しようとする前にあきらが割り込んできた。


「するよハグくらい。幼馴染だもん」

「ッ!? 幼馴染って、そういうものだったかしら!? でも確かに、弟とハグするかって聞かれたらするわね……」

「おい馬鹿、姫希が混乱するようなことを言うな。それに姫希も納得しようとすんな。ハグなんてしてない、指導をしていただけだ」


 別にあきらとハグをするのに抵抗はないが、流石にコート上でそんなことしないだろ。

 親とハグするところを同級生に見られたくないだろ?って話だ。


 と、そんなこんなでやっていたところに。


「おはようございます! バッシュを新調しました! どうですか?」

「緑色なの可愛いですね」

「はい!」


 朝から元気な唯葉先輩がニコニコ笑顔で降りてきた。

 四人で話していると、少しして凛子先輩もやってくる。

 そのまま部活は始まった。


 だがしかし、姫希のあきらを見る視線が若干鋭い気がした。




 ◇




「凛子先輩、シュートを外し過ぎです」

「まぁまぁ、人には得意不得意があるから。他の位置からだったら……」

「得意な角度、距離なんてありますか?」


 部活が始まって早々、俺は凛子先輩に注意をしていた。

 この先輩、実はロングレンジ、ミドルレンジ、ショートレンジ、万能型のFランクプレイヤーなのである。

 じっと見つめると、居心地悪そうに目を逸らされた。


「柊喜君、なんだか今日は怖いな」

「そりゃ全員で行うシュート練習で一人だけ一本も入れずにノルマ達成してますから」

「よ、よく気付いたね」

「姫希ですら全体四十本に対して三本も入れてるんですよ」

「嫌味かしら」


 バッシュの踵を蹴られた。

 褒めたつもりだったのだが、機嫌を損ねたらしい。

 事実として、四人で四十本――つまり一人あたり十本INの想定で組んでいるメニューだからな。

 数学が得意な彼女ならこの奇妙な事実に気付くだろう。


「まぁいいじゃん。いつもより早く終わったし」


 苦笑しながら言う凛子先輩の視線の先には、汗を拭うあきらの姿があった。

 そう、今日はあきらの調子がすこぶるよかった。

 毎回マネージャーの朝野先輩に頼んでシュート成功率をチェックしてもらっているのだが、今日の数値は驚異の21/25。

 そこそこ強いチームでもシューターとして普通に活躍できそうな数値だ。


「どしたのみんな」

「あきらのシュートが調子いいって話してたんだよ。ね、柊喜君」

「違いますけど」


 さらっと話題転換を図る人だ。恐ろしい。


「今日調子いいわね」

「あはは。よく眠れたからかな。あとはさっきの柊喜のコーチングのおかげっ」

「そう」


 あきらがチラッと俺の方を見る。

 そしてニヤッと笑みをこぼした。


 なんとなく目を逸らし、次のメニューを確認しようとコーチングノートを開く。

 と、凛子先輩が近寄ってきた。


「柊喜君は顔色悪いね」

「そうっすか?」

「まるで欲望に耐えられず、夜通ししてたみたいな顔」

「何を?」

「何って……そうは見えないかもだけど、実は僕も女の子なんだよ? それなのにそんなこと聞くなんてなかなか外道だね」

「あ、柊喜そういう事か……。ごめん、配慮が足りなくて。そっか、そうだよねっ……」

「ちげーから!」


 超絶失礼な勘違いをしている凛子先輩と、いつの間にか会話に乱入してくるあきらに二重の意味を込めて叫んだ。

 昨晩は何もしてねえよ。

 ただ下の部屋でずっと今後の事を考えていただけだ。

 そう、今後の部活の方向性について!


「こほん!」

「「はっ」」

「全員集まって」


 俺はいつも通り用意されている椅子にふんぞり返り、横一列に並んだ四人の選手を見る。

 そして重苦しい声で言った。


「このままでは確実に一回戦で負けます」

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