第31話 話が通じない

 同じバスに未来が乗っている。

 その事実を把握し、俺はフリーズしてしまった。

 じっとこちらを見つめる元カノから視線を外すべく、ゆっくり正面を向く。


 あいつの家はこの近くではないし、何故ここにいるのかわからない。

 友達の家に遊びに来ていた? こんな夜まで?

 どういう状況なんだ一体……。


 と、そこで再び現状を思い出す。

 俺の右腕に抱き着く目を瞑ったままの姫希。


「……おい、起きろッ!」

「んぅ……まだ眠いわぁ」

「あぁぁぁ」


 誰と勘違いしているのか、寝ぼけてさらに抱き着いてくる。

 彼女はそのまま体を思いっきり押し付けてきた。

 制服越しに柔らかい胸の感触が伝わる。

 前から思っていたが、こいつ意外と胸がデカい……。


「……おいッ! やめろ洒落にならんッ!」

「……何言ってるのよ。もぅ……あ」

「起きたかッ!? じゃあさっさと離れr――ギョバッ!」

「へ、変態!」


 目を開いた姫希に何故か頬をぶたれた。

 そのまま窓へよろける俺。

 涙が出てきた。


「な、なにしてんのよ」

「お前が寝落ちして抱き着いてきたんだろうが」

「え? ……あ、ごめんなさい。涙目だけどどうしたの?」

「ふざけんなよ」


 ダメだ。今は文句を言っても仕方がない。

 俺はとりあえず状況説明のために、姫希に向かいの席を向かせた。

 するとすぐに彼女の動きが止まる。


「……え?」


 俺達三人を乗せたバス内はまだ夏場だと言うのに、まるで極寒の如き室温に下がってしまった。




 ◇




「しゅー君」

「……なんだよ」


 バスを降りて学校へ向かう俺と姫希についてくる未来。

 彼女は俺の隣に来ると背伸びしながら聞いた。


「どういう状況?」

「はぁ?」

「こんな夜更けに二人っきりで会って。バスでイチャイチャしてさ」

「してねえっt――」

「イチャイチャなんてするわけないでしょ!?」


 俺の否定の前に後ろから姫希の悲鳴に似た声が上がる。

 その声に歩みを止めた未来は振り返った。


「じゃあなんで抱き着いてたの?」

「……ね、寝ぼけてただけよ」

「寝ぼけてたらあんな事するの? 意味わかんないんだけど。そもそも公園でも二人でずっとべたべた触り合ってたし」

「ちょっと待て。お前どこから」


 話しに口を挟むと、未来は俺のリュックを指さす。


「朝、ノート開いたまま置きっぱなしにしてたじゃん。それを見たら今日あの公園で伏山さんと会うって事書いてたから」


 そう言えば今朝はそんな事もあったか。

 丁度ノートを見ている時に未来から話しかけられ、逃げるように教室を出たのだ。

 その際にノートを開いていたままだったらしい。

 なるほど、だから俺達の場所が分かったのか。

 それなら納得だ――ってなるか馬鹿が。


「はぁ!? 俺を追いかけてわざわざここまで!?」

「私、今日一緒に帰ろうって言ったじゃん」

「金輪際話しかけるなと言ったはずだが」

「クラスでは、でしょ? そりゃそうだよね。みんなに色々言われて気まずいよね。ごめんね、配慮が足りなかった」


 言われて夕方の己の発言を思い返す。

 確かに『クラスで』って言った気がする。


 うわぁ、こいつマジかよ。

 拒絶されてるって気付くだろ普通は。

 いや、今更この極悪非道傍若無人な元カノに普通を求めた俺が悪かったのかもしれない。

 この天然ポジティブヒューマンめ!


「ほんとに付き合ってるの?」

「んなわけねーだろ! 部活の練習だ!」

「伏山さんの方もそう思ってるの?」

「あ、当たり前よ! 誰がこんな……」

「まぁ確かに、伏山さん可愛いし、わざわざしゅー君みたいなつまんない奴と付き合わないよね」

「あ、あんたねぇ。元カレに対して失礼なんじゃない?」

「え、なんで? だって面白くないじゃんノリ悪いし。でも優しいし、好きだよ?」

「ッ! ……こんなに話が通じないと思った人は初めてよ」

「私も同じこと思ってるなぁ。付き合ってるわけでもないなら返してよ、しゅー君を」


 夏休みに見た真っ黒な瞳で姫希を冷ややかに見つめる未来。

 その雰囲気は恐怖心を煽った。


「あ、あんたのでもないでしょ」

「でも私は伏山さんと違ってしゅー君の事が好き。またやり直したい」

「……ふざけんな」


 恐らく未来の言葉に偽りはない。

 だがしかし、それを許容できるほど俺の心は穏やかでもない。

 そもそも俺は未来の事をもう好きじゃない。

 嫌いだ。


「俺はやり直したくない。お前と付き合うくらいなら、まだこの手のかかる高飛車女の高い飯代を払う方がマシだ」

「誰が高飛車よ! あと失礼な事言ったわね!?」


 後ろからリュックを引っ張られて仰け反りそうになる。

 事実だろうに。


「み、認めないから」

「知らねーよ。……おい姫希行くぞ。さっさとボールを返さないと」

「え、えぇ」

「しゅー君! 好きだよ!」

「……」


 やめて欲しい。

 本当にやめて欲しい。


 今更そんな事を言うのは卑怯で、最低だ。

 思い出してしまうじゃないか。

 お前の良いところ。

 こんなに嫌いなのに、そうなってしまった自分が虚しくて、そうさせたお前の事が腹立たしくて……。


 くそ。

 もうちょっと姫希の胸の感触でも堪能してればよかった。

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