第30話 頑張る理由
対戦を終えた後、荒い息遣いで座り込む姫希を見下ろす。
かなり手は抜いたはずだが、それでも実力差は明白だった。
男女の差はあれども、現役を退いて時間の経った俺ともこうまで違うのか。
「君、強すぎ」
「そりゃどうも」
「……褒めてないんですけど?」
ジト目を向けられるが、知ったことか。
俺も姫希の隣に腰を下ろし、一息つく。
「シュートは下手だが、それ以外はマシだな」
「言い方サイテー。褒めるならちゃんとしてくれる?」
「ドリブルは宇都宮先輩の次に上手い」
「四人中二番目は嬉しくないわよ」
「お前は可愛くないなぁ本当に」
せっかく褒めているのに、天邪鬼というかなんと言うか。
素直に喜んでおけばいいのに。
ただまぁ、対戦して分かったことも色々ある。
やはり相手の得意な事と苦手な事を見極めるには実際に戦った方が良いな。
「ってか、ずっとタイトにディフェンスされてやりにくかったわ」
「わざとだぞ。お前シュート打つの好きだろ? だから敢えて打たせないようにしたんだ」
「なんでそんなこと……」
「入らないからだ」
言い捨てると姫希は絶句したように目を見開いた。
「そ、そんなストレートに言わなくても……」
「シュートなら他の奴の方が上手い。だからお前が打つ必要はない。今後は強引なシュートの癖を減らしていこう」
「……じゃあ何すればいいのよ」
「ドリブルだよ。あとお前、頭良いからコートが良く見えてるだろ」
バスケに重要なのは何もシュートを決める能力だけではない。
状況判断をする頭や、冷静さを維持するハートも大事な武器だ。
「これからはゲームコントロールに徹しろ。お前が指示を出すんだ」
「……ガードなら唯葉先輩が」
「あの人はちっちゃすぎて一人じゃ限界だろう。ツーガードで良いじゃないか」
ガード。
それはコートの中の監督と言われるポジションだ。
ゲーム中の指示はこのポジションの選手の役目である。
下手な奴には絶対に務まらない。
「あ、あたしなんかが……」
「お前はやけにバスケになると自信なくなるよな。いつもは嫌味なくらい上から目線なくせに」
「君ねぇ、好き放題言わないでくれるかしら?」
「もっと自信持てって。前にも言った通り、そこまでずば抜けて下手ではないから。お前なら絶対にできる」
俺がそう慰めると、彼女は自嘲気に笑みをこぼした。
「中学の頃ね。あたしのせいで負けたのよ」
「……」
「当時も下手だったから勿論ずっとベンチ。でも同じポジションの子が怪我して、最後の試合だけスタメンで出場することになったの」
これ以上聞かなくてもなんとなく結果は察せる。
「慣れない公式戦で緊張しまくっちゃって。レイアップは外すし、パスミスはするし。そんなせいで、本来勝てる相手にダブルスコアで負けたわ」
「それは……辛いな」
「なんかもう申し訳なさ過ぎて試合後半からずっと泣いてて、チームメイトと保護者、しまいには相手のチームの人とか審判にも慰められたわ」
結構長くバスケをやってきたが、流石に試合中に泣いている奴にはお目にかかった経験がない。
さぞ異常な光景だったはずだ。
「そんな自分に自己嫌悪。初めは高校じゃ部活しようと思わなかった。でも、そんな時にあいつに会ったの」
「あいつ?」
「あきらよ。中学時代に何回か顔合わせてて。それであいつ、あたしを見つけた途端に顔を輝かせて『バスケ部入るよねっ!?』って」
思い出した。
そう言えば入学したばかりの頃、あきらが夕食時にニコニコしながら話してたっけ。
『中学の頃戦った子と再会してさー。めっちゃ可愛いんだよ』とかなんとか。
それが姫希だったらしい。
「あきらに笑顔で迫られたら断れなくって。それで入部したらやっぱり――」
「楽しかったか?」
「……うん。あたし、サイテーだよ。自分が足引っ張るってわかってるのに。邪魔ばっかりしてるわ……」
姫希が自分の事を下手だという割に頑張る理由がようやくわかった。
少しでも足を引っ張らないようになりたいんだろう。
だがしかし、間違っている。
「邪魔なもんか。下手でも何でもお前が居なきゃ今の練習は成り立たない」
「……」
「みんなに必要な選手なんだよ、姫希は。少なくとも俺は姫希がいてくれるから練習が少しは楽しめている」
「……は?」
「いや、だってそうだろ? 教室でも相談できるし。なんだかんだ同じクラスに部員がいるっていうのは助かるんだよ」
「そう、なんだ……」
急にぎこちない雰囲気になってしまった。
でも事実だから仕方がない。
「っていうか、下手っていうところは否定しないのが君らしいわね」
「事実だから」
「はぁ、もうなんでもいいわ。それが千沙山クン……いや、柊喜クンのキャラね」
ニコッと笑う姫希に一瞬ドキッとした。
急に変な顔を向けるのはやめて欲しい。
と、彼女は俺の右足をツンツンと触る。
「こっちの話は聞かせてもらえないのかしら? 一対一で勝たなきゃ教えてくれない?」
「いいよ。隠すつもりもないし」
俺はそれから話した。
自分が中学時代にエースだった事。
県内ではそこそこ有名な選手だった事。
だけれど右足首を怪我したせいで何の結果も残せなかった事。
全てを話した。
「なるほどね。だから唯葉先輩と顔見知りだったのね」
「そうだな」
「ちなみにいつからやってるの?」
「小学二年生の頃だな。母親だった女がバスケ好きでさ、それがきっかけ」
「母親だったって……そう言えばこの前もご両親いなかったけれど」
「いねえからな」
「……触れないでおくわ。ごめんなさい」
気まずそうに靴ひもを弄り始めた姫希に苦笑が漏れる。
まぁ触れにくい話題だよな。
俺の配慮が足りなかった。
スマホを確認すると、既に時刻は九時過ぎだ。
もう今日はお開きだろう。
「さて、次はいつやる? 流石に毎日はなぁ」
「明後日でどうかしら。授業も軽めだし」
「そうだな。今度はドリブル練習を入念にしよう」
そう言って俺達は立ち上がる。
お互いに着替えを済ませ、バスに乗った。
ちなみに当たり前だが、別の場所で着替えた。
覗いてもいない。
バスに乗り込むとすぐに姫希は眠ってしまった。
隣同士で座っていたため、俺の肩に寄りかかってくる。
若干鬱陶しいが、バス内は涼しいので許してやろう。
チラッと横を見ると、至近距離に姫希の顔があった。
寝顔も綺麗で、少し見惚れてしまう。
本当にうちの部員は全員黙っていたらS級美少女なのにな。
残念で仕方がない。
「疲れたのか?」
「……ん」
声をかけると抱き着かれた。
流石にこれは迷惑だ。
どうやって放そうかを考えながら、ふと周りを見る。
この状況って、一見バカップルにしか見えないような……?という疑問の元に行った行動だ。
しかし、その行動が悲劇を生む。
「ッ!?」
「……」
いた。
何故乗り込むときに気付かなかったのかは謎だが、通路向かいの席に座っていた。
ヘアピンとツルツルおでこというトレードマーク付きの完全品だ。
未来が、同じバスに乗っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます