第22話 母親な幼馴染
「どうしよ!?」
「どうしようもないな」
「なんでそんなに落ち着いてるのよ!」
耳元で騒がれ、俺は深呼吸をした。
「無駄な足掻きは不信感を煽るだけだ」
「確かにそうかもしれないけど……なんて言うのよ」
「……」
マンツーマン指導の件をあきらにも言えば話は簡単だが、そうなると昨日の夕方嘘をついた理由がなくなる。
だからと言って、姫希が家にいる状況をどう説明したものか。
一旦押し入れや別の部屋に隠れてもらうか?
いや、玄関に靴はあるし、そもそもまだ体調も万全でないため、隠しきれる自信がない。
それにやましい事をしていたわけでもないのに、何故隠すのかという点でもやもやする。
「もうありのままの事を話すしかないんじゃないかしら。あたしに個別指導の話がしたくてファミレスに行ってたって。それからの流れも全部ね」
「いいのか? 出遅れてるってあきらに知られたら恥ずかしくないか?」
「はぁ……。恥ずかしいに決まってるでしょ。でも仕方ないじゃない。君との関係を誤解されるよりはマシだわ。こうなった原因はあたしにあるわけだし。しかも、練習を一緒にしてるあきらには、あたしが下手なのはとっくにバレてるわ」
髪の毛をいじりながらそう言う姫希。
確かにそうするしかないか。
「寝てるのー!?」
外では未だあきらの大きな声が聞こえる。
「ねぇ、普通に帰ってって連絡したら?」
「体調が悪いって言ったら看病しに来るぞ」
「……」
「あと土曜日の朝は一緒に食べるのが日課だから、下手な嘘はつけない」
「どれだけ仲良いのよッ!」
確かに、ほぼ毎日ご飯食べてるのって異常だよな。
俺にとっては唯一の家族みたいなものだから特に何も思っていなかったが、赤の他人が聞いたら驚くかもしれない。
俺は覚悟を決めて窓の外に顔を出した。
「あ、柊喜。遅いよ」
「悪い。体調崩してて」
「嘘? 大丈夫? あがるよ?」
「あぁ……玄関で妙なモノを見つけても驚くなよ」
こうして俺は幼馴染を混沌とした自宅にあげた。
◇
「だからあきら、本当に変な事は何も起きてないのよ!」
「ふーん?」
「ほ、本当だからね!? 君も何か言いなさいよ!」
「不運が重なっただけだから」
現在、俺の自室には姫希に加えてあきらもいる。
彼女はジトッとした目つきで俺を見つめていた。
「事情はわかったよ。姫希もありがと」
「え、えぇ。当然のことよ」
「できれば昨日の夜に呼んで欲しかったけど」
「ご、ごめんなさい。気が動転しちゃってて」
事情を全て聞き終えた幼馴染は大きくため息を吐く。
彼女はそのまま俺が貸した服を着ている姫希を見て言った。
「寝れてないんでしょ? 私の家に来て。ベッドで寝てていいから」
「で、でも……」
「柊喜なら今から私が様子見ておく。洗濯もしてあげるから、今は休んで」
「ごめん。そうさせてもらうわ……ふわぁ」
あくびを漏らす姫希を見るに、彼女も限界だったのだろう。
フラフラした足取りの姫希を隣の家へ連れていくあきら。
その光景を窓から見ながら、苦笑が漏れた。
「気を張らせてたか……」
本当に悪い事をしてしまった。
せっかく仲良くなれそうだったのに、最悪だ。
これはまた一層と嫌われてしまったかな。
そんな事を考えていると用を済ませたあきらが戻ってくる。
「お前にも迷惑かけるな」
「いいの。あ、そう言えば姫希からの伝言『来週からよろしく』って」
「あぁ……そっか」
意外と機嫌を損ねてはいなかったらしい。
安堵で再びベッドに寝転がる。
「ごめんね。急にコーチなんてさせちゃって。疲れたよね」
「いいんだよ。楽しいし」
「あはは。柊喜は優しいね」
「そうか?」
「そうだよ? わざわざ個別指導なんて、そんな事するとは思わなかった」
あきらは俺のおでこの冷えピタを張り替えながら言った。
「基本的に柊喜ってば面倒くさがりじゃん? だからちょっと邪推しちゃった」
「邪推ってなんだよ」
「姫希の事好きなのかなーとか」
「はぁ?」
「あ、別にいいんだよ!? 全然応援するしっ」
「ないない。あんな一回の食費に金がかかる女と付き合えるかよ」
「あはは。でもいい子でしょ?」
「それは……そうだな」
まさか夜通し様子を見てくれるとは思わなかったもんな。
かなり面倒見が良い。
「でもないよ。そもそも俺はまだあいつのこと忘れられてないし」
「未来ちゃん?」
「……おう。まぁ未練ってわけじゃないけど」
「そりゃあんなことがあれば別の意味で忘れられないよね」
傍若無人な物言いから始まり、新たな生活への乱入、そして昨日の待ち伏せ。
「そう言えばお前、昨日の帰りに未来見なかったか?」
「ううん。なんで?」
「いや、なんでもない」
あきらの方が帰るのは早かった。
だから未来と遭遇していても不思議ではなかったのだが。
うーん、色々不可解だな。
まぁいいか。
「今日の部活は無理そうだね」
「面目ない」
「私から部員に連絡しておくよ。あ、あと柊喜もグループに追加しておくね?」
「助かる」
流石にこの体調で練習を見るのは不可能だ。
それに姫希の調子も良くないだろうし。
練習再開は明日か明後日になりそうである。
「気にしなくていいよ。柊喜のおかげで私達、最近部活楽しくなったねって話してるから」
「……うん」
「だからまだ寝てて。ゆっくり休んで」
頭を撫でられながらそう言われた。
幼馴染というか、これでは母親だろう。
気恥ずかしくなってくる。
だがしかし抵抗する気力もないため、なされるがまましておいた。
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