第20話 お持ち帰り
「よく食うな」
「……運動の後はお腹がすくのよ」
ペロッと約三人前の料理を平らげた姫希はきまり悪そうに顔をそむけた。
「そう言えば奢らせてるんだったわね。ごめんなさい」
「いいよ別に。気にすんな」
「でも、あんまり食べ過ぎる女の子って印象良くないじゃない?」
確かに奢りが確定した状態でこんなに頼まれると印象は悪いな。
ただまぁ、それは男とか女とか関係ない。
「俺はいっぱい食べてくれる女の子の方が好きだよ」
「そ、そう?」
「まぁお前は食い過ぎだけど」
「……」
ジト目を向けてくるがなんのその。
どこ吹く風で俺はチラッと窓の外を眺める。
そして絶句した。
「……雨降ってるんですけど」
俺と同時に外の景色を見たらしい姫希から声が漏れた。
「お前、傘持ってる?」
「ないわよ。君は?」
「勿論ない」
「……どうするのよ」
困ったな。
結構な土砂降りだし、確実に下着までぐっしょりコースだろう。
ここから駅まではまぁまぁの距離があるわけで、びしょ濡れで電車に乗るわけにもいかない。
「……仕方ないな」
全くもって邪な感情はない。
これは仕方なく、運が悪かっただけだ。
だから俺は正面で不安そうに俺を見つめる姫希に、あえて堂々と言い放った。
「うち、来るか?」
◇
俺の家はファミレスから歩いて五分ほど。
駅までの距離に比べるとかなり近い方だ。
しかし、それでもやはり豪雨はすさまじかった。
ファミレスから出た直後、タオルで事なきを得ようとするも一瞬でずぶ濡れ。
まだ九月初週で衣替えもしていないため、夏服だった俺達は悲惨な姿になる。
自宅に帰り着いた時、既に姫希はまともに見られない状況になっていた。
可哀想なのでお風呂を貸した。
今は玄関でそれを待っている。
脱衣所に入ると色々事件臭が発生するため、俺は濡れたままただ待っている。
「寒い」
いくら夏と言えど、雨に打たれては体温が下がる。
水浸しになってしまった玄関を見て憂鬱だ。
体温が下がったところで、やや冷静になる。
奥から聞こえるシャワーの音を聞きながらふと疑問が湧いた。
「なんで俺、姫希にシャワー貸してるんだ?」
別に俺じゃなくてもよかったはずだ。
隣には同級生の女子であるあきらの家があるわけで、そっちで温まってもらえばよかった。
それなのに、何故。
なんで俺は自分の家の風呂場を貸した?
幸い親は帰ってこないため誰に見つかる心配もないが、普通に背徳感がヤバい。
あきらの家に行かせればよかった……。
女子高生連れ込んでシャワー浴びさせて。
何やってんだ俺。
ていうか、何故あいつも断らなかったのか。
そんな事を考えていると、タオルで髪を拭きながら姫希が出てきた。
服は俺の中学時代の練習着を貸している。
中一時点で百七十センチを優に超えていたため、姫希にはやや大きいが、まぁ全裸で出てくるよりはマシだろう。
「シャワーありがと……」
「下着は?」
「部活で汗かくと嫌だから予備でもう1セット持ってて、それを使ったわ」
「それはよかった」
と、姫希は俺を見て目を見開いた。
「君、ずっとそのままでいたの?」
「は?」
「なんで着替えたり体拭いたりしてないのよ!」
「いや……お前がシャワー浴びてたから。扉は半透明だし、中が見えてしまうだろ」
「だからって……もういいからさっさと浴びてきなさいよ」
「なんでそんなに上から目線なんだよ」
やけに重い頭を振りながら、俺はシャワーを浴びに行く。
濡れて重くなった服を洗濯かごに放った後、横にちょこんと置かれた姫希の制服を見る。
本当になんだかなぁって感じだ。
「とりあえずせっかくの機会だし、仲良くなるか」
シャワーを浴びながら俺は呟く。
一気に体に熱が伝わってきたからか、かなり頭がぼーっとするが仕方ない。
ただ一緒に夕飯を食べたかっただけなのに、何故か家に連れ込んでしまった。
ふざけて夜のレッスンだとかマンツーマン授業だとか言っていたけど、なんか洒落じゃなくなってきたな。
マジでお持ち帰りしてしまった。
はぁ……。
ヤバい。体が重い。
今気づいたけど、これはアレだ。
完全に体調を崩してしまっている。
ここ最近よく眠れていなかったし、コーチと言っても俺もそこそこ動いていたため、それなりに疲労は溜まっていた。
そこに極めつけの大雨、そしてそれを十数分放置した結果か。
まぁ当然だな。
絶対熱あるぞこれ。
「……最悪だよ」
気付いた時、俺の意識は無くなっていた。
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