最終話 伝説の始まり

 子どもたちを追って、エリカとともにそっと洞窟に入る。

 触手モンスターが洞窟に出たと聞いて、俺は友達と一緒に探検に出掛けたのだ。


 この洞窟は、安全な洞窟。

 すぐに行き止まりだし、何年も前には村の倉庫に使われていたくらいのところで、誰もが知っている場所だ。

 だからこそ、子供を平気で遊びに行かせる。


 それでも、俺にとってここは冒険の舞台だったなあ。

 あの時までは。


 確か、触手モンスターを俺がつっついて……。


「いたぞ、モンスターだ!」


「棒でつっついてやれ!」


 おお、子供達が何かをつついている。

 手のひらサイズで、触手をプルプルと振るう生き物だ。


 あんなものがくさい息を吐いた?

 いや、突かれても、ピュッと汁を吐き出すくらいでくさい息など出さない。


 当時の俺の友人が、汁を掛けられて「ウワーくせええー!!」と叫びながら外に飛び出していった。

 あとに残ったのは俺一人。

 何が、俺をそこまで駆り立て、モンスターを棒でつつかせたのか。


 これもまた運命なのだろう。


「あれが子供のドルマか。可愛いな……。私もああいう子が欲しい……」


「えっ、凄くドキッとした」


 エリカの感想を聞いて、俺はドキドキだ。

 というか、その言葉が現実になるところまでやって来ている。

 あとはお互いの意思が……っと、いかんいかん。


 多分、ここが最後の詰めなのだ。


「イリュージョンアタック」


 俺は分身した。


「どうしたんだ、ドルマ?」


「小さい俺はな、洞窟で触手モンスターにくさい息を吐きかけられて、それから青魔法の力に目覚めた。ここで俺は、くさい息で三日三晩寝込まねばならん」


「……難儀な運命だなあ……。でも、それってつまりドルマがやったから……」


「そう言う事だ」


 俺達の会話に、ちびな俺が気付いたらしい。


「誰だっ!」


 まだまだ生意気盛りなちびの俺が振り返った。

 そして、目が見開かれる。


 洞窟入り口の光を浴びた、たくさんいる俺。

 それが組体操をして、手をあちこちでひらひらさせているのだ。


 巨大な触手モンスターにしか見えまい。


「しょ……触手モンスターだ……!!」


「もがーっ! バッドステータスブレース」


 俺は威力を最小限に絞り、ブレスを吐き出した。

 最小限とは言えども、洞窟を瞬く間に埋め尽くす。


「うっ、ウグワーッ!!」


 おお、ちびの俺がぶっ倒れた。

 目を回し、泡を吹いているぞ。


「ちょっとかわいそうな気もする……」


 エリカが心配そうに、倒れたちびの俺を見つめた。


「ああ、このままだと死ぬ。だから、ここからもうちょっと仕事をしないとな」


 外に出た俺は、声を張り上げる。


「うおーっ! ドルマ! どうしたんだ!! モンスターにやられたのかーっ!! うわあ、くせえ! くさい息が充満してるぞこの洞窟ーっ!!」


 村中に響き渡るほどの声だ。

 ハウリングブラストを応用した。

 今になって、この技の数々は色々なことに使えそうだな、などと気付くのである。


 まあ、それは冒険をお休みして、エリカと新しい生活を始めてから試せばいい。


「なんだとー!」


「洞窟にモンスターが!?」


「みんな集まれー! 子供を守るぞー!!」


「うおおおーっ!!」


 村からたくさんやって来る足音がする。

 いやあ、準備は迅速だった。


「いいところだな」


 エリカが笑う。


「だろ。元の時代に戻ったら、一緒に来よう。村のみんなを紹介するよ」


「ほんとか!? 楽しみだ!」


 村人が押し寄せてくる前に、俺は技を唱える。


「タイムリープ」


 こうして、俺達は現代へと戻ったのだった。




 大騎士フォンテインの伝説。

 この地方に語り継がれるその物語は、地の底の魔人退治から始まり、ゴブリン砦の決闘、ドワーフ姫を守りながらの旅、空を支配していた魔竜との対決と、空の解放。

 そして、風車の魔王を打ち倒し、平和な時代をもたらす物語である。


 一つ一つのエピソードも面白く、それぞれが人気の演目として、吟遊詩人や芸人たちの出し物として、あるいは親が子に聞かせる物語として親しまれている。


 ここは商業都市ポータルのとある冒険者の店。

 吟遊詩人が地の底の魔人退治の節を吟じ終わると、店中から歓声と拍手。


 絶妙にアレンジされた魔人退治は、まさに手に汗握る迫真の展開。

 特に、その地で騎士フォンテインと彼の生涯の伴侶たる学者の少女が出会い、二人は手を取り合い、魔人を打ち倒すシーンでは誰もが胸を熱くした。


「いやあ、いい歌だった! こいつはおひねりだ!」


「これはこれは。ありがたく頂戴いたしましょう」


「腕のいい吟遊詩人だなあ。あんた、名前は?」


「ワタクシですか? モーザルと申します」


 吟遊詩人の男は、慇懃に頭を下げた。


「モーザルか! また歌を聞きたくなったらあんたに頼むぜ。ところで気になったんだけどよ」


「はい、なんでしょう」


 吟遊詩人モーザルは、当然のような顔をして、客の対面に座って料理をぱくつき始めた。

 無論、客の料理である。


「大騎士フォンテインと学者以外にさ、異常に描写が細かい二人がいなかったか? ほら、聞いたことがない職業の奴らで……。青魔道士とバーサーカーってなんだ?」


「ああ、それは」


 モーザルが笑う。


「ワタクシ、自らの経験を物語に折り込み、臨場感を与えるようにしております。彼らはワタクシが本当に出会った冒険者でして……」


「へえ! そんな奴らがいるんだなあ! だが、現実のお話とはかけ離れちまうとしても、面白くなりゃそれでいいかね!」


「ええ全くです! 現実のフォンテイン伝説が、これほど荒唐無稽であるはずがありませんからね!」


 わっはっは、と笑いが響く冒険者の店。

 ふと、モーザルの向かいに腰掛けた冒険者が、何かに気付いたようだった。


「そう言えば……。フォンテインを名乗ってた冒険者パーティがあったよな。カウンターの主と、くさい息の男がコンビを組んでさ」


「ああ! ああ! まさしく彼らですよ! いや懐かしい。近頃とんと見かけませんね。今頃どこで、何をしているやら……」


「さあなあ。案外冒険者を引退して、田舎で楽しく暮らしてるのかもな。ああ、俺も茶化さないであの時に声を掛けておけば良かった!」


「ええ。何事も運命の分かれ道とはそういうものですな。もしかすると、カウンターの主やくさい息の彼に声を掛けたことで、フォンテインの名にふさわしい英雄となる道を歩めたかも知れませんし」


「そうかもな! わはははは! いやあ、惜しいことをしたよ!」


 かくして、冒険者の店の夜は更けていく。


 どこか遠くの村で、二人並んだ男女が揃って大きなくしゃみをした。


「やばい、ちょっとくさい息出た」


「本当か!? ドルマのくしゃみは近くにいると命が危ないな! だけど、真の騎士である私は大丈夫だ! これからもずっとな!」


「ずっと耐えてくれる宣言!! 女神だったか」


「騎士だ!」


「騎士だったか……!」


「大騎士だぞ」


 二人は笑った。





 おわり


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「スキル:くさい息で敵ごと全滅するところだった!」と追放された俺は、理解ある女騎士(自称)と出会って真の力に覚醒する~ラーニング能力で楽々冒険ライフ~ あけちともあき @nyankoteacher7

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