第3話 宿代は奢りだが、こっちからこっちに入って来ないでほしい!

 エリカはそこそこお金を持っているらしく、宿代を奢ってもらえることになった。

 ありがたいありがたい……。

 この恩に報いなければなるまい。


「ただし! 私も早朝に牛乳配達をして稼いでいるお金なので、余裕は無いんだ。同じ部屋になる!」


「なんだって!?」


「君が増えたことで、私の牛乳配達だけだと暮らしていけなくなる……。早く仕事探さないと……」


「切実な話になってきちゃった」


 夕食は一番安いクズ野菜とクズ肉スープと硬いパンにし、さっさと寝ることにした。

 部屋にはベッドある。

 二段ベッドだ。


 見慣れた最安値の部屋だが、今夜は一人ではない。


「私は上だ。正義の騎士を目指す者は、常に高みを目指さねばならないからな!」


「よく分からない理屈だけど、異論はないよ!」


「あと、このハシゴのここから上には来ないように! 本当は男女で同じ部屋に泊まるのはよくないので!」


「あっはい」


 エリカがとても真剣な顔で言うので、俺はコクコク頷いた。

 これは、別に俺がくさい息だからというわけではなく、彼女が嫁入り前の男女が同じ布団をともにしてはならない、という倫理観を持っているからの考えなのだと思う。


 いいと思いますよ!

 俺は明日からの、充実した冒険ライフを願いながら寝ることにした。


「いいか? 絶対に来たらダメだからな? ダメだからな?」


「上から覗かなくていいよ! 行かないからな? 大丈夫だからな!?」


「そうか……」


 引っ込んだ。

 俺にとっては恩人に当たるからな……。

 くさい息の使い手であることを知ってなお、パーティを組んでくれた人格者だ。


 失礼はしないぞ。

 この辺り、俺は生真面目で善良なのだ。


 朝。

 目覚めると、上にはエリカがいなかった。

 牛乳配達に行ったのだろう。


 騎士を目指すのも簡単じゃない。

 ……俺がこうして寝床で爆睡しているのは、なかなか失礼なのでは……?


 いやいや。

 これから、働きで恩返しできればいいのだ。

 そうと決まれば話は早い。


 俺は宿を発ち、冒険者の店へ急いだ。

 彼女のためにも、いい感じの依頼を見つけておかねばなるまい。


「早いねー」


「おかみさん! もう仕事来てる?」


 冒険者の店は、マスターと、その奥さんであるおかみさんが経営している。

 冒険者たちの溜まり場であり、冒険者たちが受ける仕事の集まる場所でもある。


「もう貼ってあるよ。なんだいドルマ、あの大騎士様とパーティを組んだそうじゃないかい。無理はするんじゃないよ? ああいう子はすぐに死地に突っ込んでいくからね」


「突っ込んでいきそうだ……!」


 俺が守護らねばなるまいな、と思いながら、朝イチで張られた依頼に目を通す。

 俺とエリカの二人パーティなので、受けられる依頼は限られる。


 その中で、彼女が好みそうな依頼は……。


「……井戸が何者かに乗っ取られました。助けてください、か……。なんだろうな、これ」


「さあね? でも、近くの村で、井戸に近寄ることができなくて困ってるっていう話だよ? 都市は近々戦争があるかもって言うんで、小さな村の困りごとになんか構っちゃくれないしね」


 おかみさんが肩をすくめる。

 

「そんなでかい話、俺にゃ分からないしなあ……。じゃあ、報酬も悪くないしこれ受けるよ」


「はいはい、毎度あり。生きて帰って来なよー」


「ういーっす」


 朝食を摂る金が無いので、カウンターでエリカを待つ。

 彼女はすぐにやって来た。


「新しい仕事を受けたのか?」


「ああ。近くの村で井戸が何者かに乗っ取られたらしい。村人はとても困っている」


「人助けか! いいな、騎士っぽい!」


 エリカが鼻息を荒くした。


「じゃあ、朝食の後すぐに行こう!」


「そうするか! 金も余裕ないしな!」


 二人しかいないから、俺たちパーティの決断はとても早い。

 そんな俺たちを見て、別の冒険者達がクスクス笑っている。


「おい見ろよ。くさい息と自称騎士様のコンビだぜ」


「あんなんでまともに冒険者がやれるのかよ」


「冒険はおままごとじゃねえってーの」


「メンヘラ女と理解のある彼くんじゃん」


 散々な言われようだ。

 だが、全く気にならない。


 俺もエリカも、顔を見合わせて笑った。


「外聞なんてものは、いくらでも実力でひっくり返せるんだ! 騎士フォンテインもそうだった!」


「ああ。地方の郷士がとちくるって旅立ったが、成した武勲は本物だった。誰もが彼を本物の騎士だと認めるようになった」


「私たちの最初と同じじゃないか! だから、なんて言われようと気にしなくていい!」


「ああ。俺もエリカも、これ以上評判の落ちようが無い。どん底からのスタートだ。つまり、上がるしかない!」


「やろう!! 行こう!」


「やろうやろう!」


 俺たちが二人で大盛りあがりするので、冒険者たちがドン引きした。


「やべえよやべえよ」


「あいつらやべえ」


「おかしいのが二人出会っちまったんだ……」


「他人のフリしよ……」


 ぜひそうしてくれ。

 そして俺たちがここからビッグになった暁には、お前らが俺たちのことを昔から知ってた、みたいに吹聴するようになるんだ。

 

 俺は寛大だし、うちの騎士はもっと寛大だ。

 手のひら返しの準備をしておけよ。

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