第2話 こんにちは、理解のある女騎士(自称)です

「はぁ~」


 失意のどん底に落ちた俺。

 どうにかヒッチハイクしながら拠点の街に戻ってはこれた。

 だが、パーティから追放されて一人。


 ここは商業都市ポータル。

 俺はぽつんと冒険者の店のカウンター席に腰掛けていた。


 既に、冒険者の店には俺の噂が広がっている。


「ドルマはくさい息を吐くぞ」


「あいつといると飯が不味くなるのではないか」


「男として息が臭いとかサイッテーよね」


「近づくなよドルマ」


「えんがちょ」


 誰も!

 そう、誰も、俺とパーティを組んでくれるような者はいなくなってしまったのである!


 俺は孤独だった。

 おかしい、村から仲間たちとともに、希望をいだいて飛び出してきたはずだったのに。

 気がつけば、村と同じくさい息と呼ばれて誰も近づいてこない状況に。


 あの場を生きて切り抜けるためには、あれしか無かった。

 未だ、冒険者としては職業:すっぴんである俺ができる唯一にして最強の手段だった。

 俺はどうすれば良かったというのだ……!


「くっ、マスター、もう一杯! ……一番安いエールをくれ」


「一杯飲むのに時間かけたね……。お金無いんでしょ」


 マスターは鼻にハンカチを当てながら、そーっとエールを出してきた。

 マスターまで俺のくさい息を警戒して!?


「確かに、このエールで俺は一文無しになる……。だが仲間もいない俺は、ろくな仕事も受けることができない……。マスター、パーティメンバーをどうにかして集められないかな……」


「いや無理……む、難しいんじゃないかな」


「無理って言ったよね。それにそのハンカチ……!」


「ギクギクッ!」


 ギクッ、じゃないよ!


「はあ……。やっぱりダメかあ……」


 ため息をつきつつ、今夜の宿代も無くなった俺は、これからどうしようかなんて考える。

 例え金があったとしても、宿は最低二人から。

 一部屋ぶんの金を払うだけでも大出費なのだ。


 世の中は独り者に厳しいのだ。


 だが!


「ねえ、君!! 一人なのか?」


 俺に声を掛けてくる者がいた。

 茶色い髪に緑の瞳をした少女だ。


「うっ!! み、見ての通りだよ……!! 一人だよ……!!」


「そう!? そうなの!? やった! まだフリーの人がいたんだ……!!」


 彼女は俺の隣まで移動してきて、腰を下ろした。

 ガッツポーズまでしている。

 

 その時、俺は気づいた。

 彼女は、カウンターの主だ。

 というのも、彼女は自称、世界一の騎士の孫娘であり、自分は騎士としての才能があるから自分をリーダーとした正義のためのパーティを求める!と店中に宣言したことがあるのだ。


「ただの冒険者はいりません! 正義の志を持った戦士! 黄金の指先を持つ盗賊! 才能に満ちた大魔道士はここに来なさい!」


 当然来なかった。

 彼女の腕前は全く分からない。

 強いのかもしれないし弱いのかもしれない。


  冒険者は無駄なリスクは取らないところがあるので、こういう訳のわからない娘はパーティに入れないのだ。

 パーティの人数分、食費も宿代もかかるしな。


 それに、彼女はリーダーでなければやらないと言った。

 実力も素性も分からない娘にリーダーをやらせるバカはいない。


 ということで、この娘はずっと一人で、カウンターの主になっていた。

 エッチなことを企む冒険者が彼女を仲間に引き入れようとしたが、そこはマスターがさりげなく断ったようだ。

 男前だなあマスター。


「カウンターの主よ。俺が何者か知って誘ってるの?」


 ここで断られたら再起不能なダメージを負うので、俺は牽制のジャブを放ってみる。


「カウンターの主とはご挨拶だね。私にはちゃんと名前があるぞ! エリカだ! エリカ・フォンテイン! かの大騎士フォンテインの孫なんだぞ!」


「えっ、本当か!? ……いやいや、フォンテインは大遠征の末に行方不明になっただろ? だから世の中にはフォンテインを名乗る奴がたくさんいるし。信じられないなあー」


 大騎士フォンテインの物語。

 それは田舎暮らしだった俺も知っているほどの、英雄伝説だ。


 地の底に潜んだ魔人との対決、ゴブリン砦の決闘、姫君を守っての旅、飛竜狩り、そして最後は、風車の魔王と戦うために旅立ち、戻っては来なかった。

 彼女がフォンテインの孫を名乗ったなら、それは誰も信用してくれないだろうとは思う。


 だが彼女は、真っ直ぐな目で俺を見るのだ。


「私の血を信じなくても構わないぞ! 私を信じろ!」


 言葉の意味はよく分からないが、とにかく凄い自信だ……!


「エリカ、あんたの何を信じろと? っていうか、俺を知ってるかどうかって話はどうなったの?」


 俺はヤケになっているので、安酒をあおりながら、据わった目で彼女をにらんだ。


「俺はくさい息のドルマ。バッドステータスブレスでモンスターと仲間を一度に攻撃する男だぞ」


 ああ、ついに言ってしまった。

 くさい息を恐れぬ者はいない。

 なぜならくさいからだ。


 だが……。

 彼女が俺に向ける目の輝きは、少しも薄れることは無かったのである。


「ああ、知ってる! 君は仲間を助けようとしてくさい息を使ったんだろう? そしてレッドキャップは倒された! まさに、英雄的行為だ! 君は普通の冒険者じゃない!」


 ……おや?


「すごい能力じゃないか……!! 未来の大騎士の仲間にふさわしいよ!」


 エリカは目をきらきらと輝かせた。

 よくよく見ると、彼女はかなりカワイイ。

 こんなにカワイイのに、大騎士になるとか言ってカウンターで一日中来るはずのない仲間を待ってるのか。


 ちょっと可愛そうになってきた。


「だけどさ、エリカ。どんなに凄い能力でも、仲間を巻き込むほどくさい息だったら意味がないんじゃないか?」


 でも、まだ気弱な俺なのだ。

 そんな俺の守りに入った心に、彼女はズドンと入り込んできた。


「いや、意味はある!!」


 エリカはカウンターをドン!と叩いた。


「なんだと……!?」


「私は、騎士だ!!」


「なんだと……!?」


「騎士は、強い!!」


「なんだと……!?」


「強いから、くさい息もがまんできる!!」


「なん……だと……!?」


 俺は息を呑んだ。


「本当か!?」


「騎士に二言はない!!」

「そう言って臭がったりしないか!?」


「うるさい! 行こう!」


 ドン!!


 その瞬間、俺のどんより濁っていた視界が、一気に晴れ渡った。

 世界が輝きに満ちて見える。

 中心で俺に手を差し伸べているのは、エリカだ。


「ああ、行こう!!」


 そういうことになった。

 こうして俺に、真の仲間ができたのである……!!

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