第700話 ファイトクラブ
「ええと、何だって? アイデアがあると、そう言ったか?」
正直なところ何も期待していなかった。ルッツはただ雑談のつもりで祭りの事を語っただけである。それを実にあっさりと『ある』などと言われてしまったのでつい聞き返してしまった。
「耳が腐っていないようで何よりだ」
と、リカルドは薄く笑った。
「聞かせてくれ。いや、これは是非とも聞かせて欲しい」
心配事が丸々消えてくれるならば儲けものである。やはり人に相談するのは大事だなとルッツは染々と感じていた。
「立ち話もなんだから工房に行ってから話そうぜ。それと、ただの思い付きだからあまり期待されても困る」
ルッツが予想以上に食い付いてきたので、リカルドは事の重大さを理解して一歩引くような事を言い出した。
「そのまま使えないアイデアだっていい、まずは色々出す事が重要だ。よぉし、行こうか工房に」
持つべきものは友だとルッツは笑いながらリカルドの背をバシバシと叩き、リカルドは早まった事を口にしてしまったかと少しだけ後悔していた。
ルッツたちが工房に戻るとまず鞘の製作に取りかかった。『椿』を抜いて呪いの影響が出ぬ内に手早く寸法を取り、その後は刀身に白布を巻いてタンスの奥にしまい込んだ。
これだけやってもまだ、タンスから禍々しい瘴気が溢れ出ていた。今まで数々の魔剣を作り上げて来たが、やはり『椿』だけは別格である。
ルッツは古い鞘をふたつに割り、それと見比べながら新しい鞘を作り始めた。古い鞘は少し寸法が甘い、これでは歩く度にカタカタと音が鳴っていたのではなかろうか。専門の鞘師ではないとはいえ、こんな物を世に出したのかと思えば己の若さと未熟さに赤面してしまうルッツであった。
……良い機会だ、古い鞘は燃やして捨ててしまおう。
恥の証拠隠滅が出来るならば、リカルドの頼みを引き受けたのも悪い事ではなかったかもしれない。
「じゃあ、お前のアイデアとやらを聞かせてもらおうかい」
ルッツは丁寧に木材を削りながら聞いた。すっかり定位置となった木箱に座るリカルドが深く頷いてから応える。
「質問に質問で返すようで悪いんだが……」
「質問に応える為の質問だったら構わないぞ」
「そのカロリーネさんとやらはそんなに良い女なのか?」
どう応えたものかとルッツは軽く思案してから言った。
「ああ、とてもな。ただ美人だってだけでなく、周囲を巻き込んでグイグイ引っ張っていくようなタイプだな。巻き込まれた側も『まったくもう……』なんて苦笑しながら結局は付いて行く、みたいな」
「なるほど、お前の好きそうなタイプか」
リカルドはクラウディアの顔を、次に敵だか味方だかわからぬ修道女の顔を思い浮かべながら笑っていた。
「ま、何だかんだで付き合っている事から察してくれよ。カロリーネさんがいなくなるまで城塞都市から逃げ出そう、みたいな選択肢もあるにはあったんだ。多分、リカルドも会えば気に入ってくれるさ」
「なるほど、そういう系統か。サムライマスクが会ったらまた惚れちまうんじゃねえかな」
「惚れっぽいからなあ、あいつは」
などと言って、ふたりはゲラゲラと笑い出した。
「話を戻そうか。俺のアイデアだが、処刑台の上で殴り合いをするんだ」
「期待するなとは言われていたが、本当にろくでもなかったな」
「まあまあ最後まで聞いてくれよ。生足チラチラ凛々しい系ドスケベ女の演武が終わった後で、観客の中から志願者を募って殴り合いをさせるんだ。怪我をしないよう、分厚いグローブを着けさせてな」
「リカルドが以前、ゲルハルトさんとやっていたっていう……」
「それをもう少しルールを付け足して安全にした感じだな。グローブに綿を詰めて、目突きと金的は禁止。蹴りも投げ技も禁止で攻撃手段は拳のみ。倒れるか処刑台から落ちたら負けだ」
「処刑台も結構高いからな。落とされて怪我をしないよう、周囲に土嚢でも積んでいた方が良さそうだな」
ルッツの意見に、それは良いとリカルドも頷いた。
「カロリーネさんの演武が終わった時、野郎共は興奮していると思うんだ」
「興奮には二種類あるだろうが。股間にバベルタワーを建設しているか、自分も戦いたいと鼻息を荒くしているかだ」
わかっているさとリカルドは頷いた。
「前者は勝手に娼館にでも行けばいい。企画のターゲットは後者だ。勝ったら賞品を差し上げますとでも言えば、喜んでステージに上がってくれるだろうよ」
確かにそれならば盛り上がるだろう。しかしルッツにはまだ懸念があった。
「景品をあまり豪華にしたくないな。あくまで祭りの、お遊びの範囲で収めたい。豪華すぎると相手を殺してでも勝ちたいなんて奴が出るかもしれないからさ」
「もらって嬉しい、手頃な品か……」
腕を組んで首を捻るリカルド。ルッツは考えながらも木を削る手を止めないという器用な真似をしていた。
「あ、そうだ」
と、ルッツが思い出したように言った。
「ゲルハルトさんが一字二字の魔術付与をした刀を大量に持っていたはずだ。これを賞品にしてはどうかな」
「いいんじゃねえの。ついでに賞品の授与をカロリーネさんにやってもらえば名誉も手に入るだろ」
「いいねいいね、さらにカロリーネさんからほっぺにチューでもしてもらえば嬉しさ倍率ドンだ」
際限なく悪ノリをするルッツに、リカルドは苦笑を浮かべて言った。
「相手が侯爵家令嬢だって事をお前が忘れてどうするよ」
「そうだった。むしろやってくれと言ったら本当にやりそうなところが怖い」
「本当にどんな女なんだ……?」
その後、適当に談笑しながら作業を続け、相変わらず黒塗りのみの色気に欠ける鞘をリカルドに手渡した。
正直なところリカルドとしては『椿』という銘なのだから鞘に花の絵くらい入れて欲しかったのだが、そこまで刀鍛冶に要求するのは酷であろう。それこそ、自分でやるしかないのだ。
「お代はいくらだ?」
「アイデア料と相殺って事で」
「オーケー、ありがとよ」
リカルドが出て行き、ひとりになった工房でルッツは祭りの企画について考え直した。やはり無茶苦茶な話ではないだろうかと。
しかし代案を考えようにも何も思い付かなかった。これでいいのか、いや野蛮に過ぎる、そんな思考のループに陥っていた。
やがてルッツは考える事を放棄した。
「まあいいや、採用するかしないかは向こうの責任だ。こっちは企画を用意するだけで義理は果てしているよな、うん」
カロリーネがこの話を聞けばどんな反応をするか。わかりきっているような気がしたが深く考えないようにして、ルッツは鍛冶場の片付けを始めた。
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