第699話 カロリーネ・ザ・パフォーマー

 中央広場は大騒ぎであった。


「おい、板材が全然足りねえぞ!」

「処刑台を見映え良くって、どうすりゃいいんだよ!?」

「デカくて白い布でもかけとけ、それで花でもあしらっておけば完璧だ!」

「今から発注するのかぁ!?」


 急遽決まったお祭りである。大工が、材木屋が、装飾師たちが大きな声を張り上げて走り回っていた。その様子を少し離れたところからルッツと長老が眺めていた。


「あの辺が長老とお弟子さんたちの席になります」


 ルッツが作りかけのひな壇を指差しながら言った。


「変更変更、予定変更ばかりで申し訳ありません」


 ルッツが俯いて言うと、長老は『よいよい』と楽しげな表情で頷いた。


「予定が変わる度に条件が良くなるのだ、何も問題はないぞ」


「そう言っていただけると助かります」


「いやいや、これは世辞でも慰めでもなく本心だ。目立つ、評判になるというのは大事だぞ。ルッツどのの名声には及ばずとも、ここで名を挙げて何かあったら長老の工房に頼もうという流れを作れるのは大きい。最高の恩返しだ、ありがとう」


 そう言って長老が白髪頭を下げ、畏れ多いとルッツは慌てて手を振った。


「それにしても評判とはそこまで大事なものなのですね。恥ずかしながら、俺はあまりそういう事を意識していませんでした。ただ恩のある長老たちをお招きする場で、他の職人たちと同じ扱いはおかしいと主張しただけで……」


「ルッツどのはそれでよい。余計な事を考えずに刀と向き合ってきたからこそ手に入れた、腕と名声であろう。ただ、多数の弟子を抱える身となると色々考えねばならん事が増えてな」


 長老が染々と語り、ルッツは無言で頷いた。


 弟子を取る、弟子を守り弟子を育てる。それは鍛冶の延長線上にあるのではなく、全く別の労力が必要な事なのだろう。


 親方衆と呼ばれる人々は皆、多くの弟子を抱えている。そうした意味でルッツはまだ彼らに遠く及ばないどころか同じ土俵に立ってすらいないのだ。親方衆から名工と呼ばれる度になんとなく居心地の悪さ、ある種の罪悪感を覚えていた事がようやく言語化出来た思いである。


 いつか自分も弟子を取るべきなのだろうかとルッツは考える。今はまだわからない、親方と呼ばれる自分の姿が想像出来なかった。


「おや、ルッツではないか」


 声をかけられ振り向くとそこには護衛の騎士ふたりを連れた改造執事服も身に纏った美女、カロリーネの姿があった。


「どうもカロリーネさん、会場の下見ですか?」


「そんなところだ。お祭り騒ぎにしようと提案し多くの人間を動かした以上は、私も全力で挑まなくてはならぬからな。そうでなければ義理を欠くからな」


 発想がいちいちブッ飛んでいる割に真面目な人だなと、ルッツは頷いていた。


「おや、そちらのご老人はひょっとして……」


「はい。俺に槍の製法を教えてくださった長老です」


 ルッツが紹介し、長老が進み出て挨拶をした。


「初めましてお嬢さん、長老と呼んでくだされ。いやそれにしてもお美しい、噂以上だ。わしがあと五十年若ければこの場で口説いていましたぞ」


「うんうん、正直な御仁だ」


 長老の気安い態度に護衛の騎士たちは顔をしかめるが、カロリーネが上機嫌で笑っているので何とも言えなかった。


「ところでカロリーネ嬢、ひとつ気になった事があるのだがよろしいですかな?」


「何だ、バストサイズなら最近は計っていないぞ」


「それも非常に気になるところですが……」


 と言って、長老は職人たちが忙しなく動き回る会場に眼を向けた。


「出し物はカロリーネ嬢の演武だけなのですか? それではあまりにもあっさりと終わってしまうと思うのですが」


「うん、それはな。……どうなんだ?」


 カロリーネはルッツに、次いで騎士たちに疑問の視線を投げ掛けるが、彼らにもそんな事がわかるはずもなかった。


「トークショーを交えてアタシひとりで場を繋ぐにしても三十分から一時間が限度だな。舞台を整え屋台まで出させて、それではさすがに短すぎるか」


 カロリーネは思案するもののアイデアがそうポンポンと出てくるはずもなく、悔しげに長い銀髪をグシャグシャと掻き回した。


「ああダメだ、わからん。伯爵やゲルハルトどのに相談してみよう。ルッツ、お前も何か考えておけ!」


「以前から言おうと思っていたのですが、俺は鍛冶屋ですよ……」


 何で祭りの企画までやらねばならないのかと不満を述べるが、カロリーネはその意見に取り合わなかった。


「だから何だ、アタシなんか侯爵家令嬢だぞ」


「……そうですね」


 祭りの企画をするような立場ではないという点ではルッツを越える凄まじい説得力である。理不尽である事に変わりはないが、カロリーネが率先してやっているのに自分は嫌ですとは言えなかった。少なくとも他人に無茶ぶりをするくせに自分は動かないといった手合いよりは遙かにマシであろう。




 はてさてどうしたものかと考えながらの帰り道。ルッツは冒険者の友人、リカルドとばったり出会った。


「おやリカルド、奇遇だな」


「偶然ってほどでもない、お前の工房に行くところだったんだ」


 何の用だとルッツが首を捻ると、リカルドは右腰に差した刀を鞘ごと引き抜いて見せた。


「パトリックさんに弟子入りを仲介してくれるって話はどうなっている? 昨晩『椿』の鞘をチェックしていたら軽くヒビが入っているのを見付けてな。あまり悠長な事を言っていられなくなった」


 周囲に呪いを撒き散らす魔剣『椿』が刀身を剥き出しにしているのは確かにまずいと、ルッツも事情を理解して頷いた。


「すまん、最近まだちょっと忙しくてな。こっちの責任だ、今回は俺が新しい鞘を用意しよう。ただ、専門家の仕事じゃないから長持ちはしない事だけは覚えておいてくれよ」


「それでいい、助かる」


「ああ、バリオさんに良い木材を分けて貰っておくべきだったなぁ……」


 ルッツの呟きにリカルドが記憶を探るように聞いた。


「バリオって誰だっけ。聞き覚えがあるような気がするんだが」


「ほら、炎の魔人の時の。木こりの頭領だ」


「それはケヴィンって爺さんじゃなかったか?」


「そのケヴィンさんの息子さん」


「ああそうだ、思い出した。マッチョジジイに振り回されているところに親近感を覚えていたんだよなあ」


 などと言って、リカルドはポンと手を叩いた。


 ふたりは工房に向かって歩きながら笑い合うが、ルッツがすぐ真顔に戻り、リカルドがそれに気付いて聞いた。


「何だ、お前も何か考え事か?」


「実はなあ……」


 と、ルッツは槍の製作から祭りの企画を考えなければならなくなった経緯を語った。


 話を聞き終えたリカルドは空を見上げ、しばし考えた後に口を開いた。


「考えか。一応あると言えばある」

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