第684話 人生枝分かれ

「これはパトリックさんの発案なのだが……」


 と、前置きしてからルッツは語った。


「『桜花』ちゃんの柄をこの革で作り直してはどうかと」


「柄を、か」


 短いやり取りでリカルドはそのアイデアの意味を理解したようだ。扱いやすさに特化した魔剣、その柄をさらに使いやすくすればどうなるのか。


「魔剣の効果にも影響が出ると思うか?」


 ルッツが職人の、真剣な顔をして聞いた。


「恐らくは……、ある。超集中状態にも何か変化があるかもしれん」


 集中力を極限まで高めて周囲の動きを遅く見せる、それが『桜花』の能力であった。魔術付与ではなく柄を変える事で能力に変化が起きるかどうか。確実ではないが、ありそうな気がした。魔剣とは刀身と魔術付与だけで成り立っている訳ではない、装飾も含めた全体的なバランスがあってこそだ。


「超集中か、あれは使えば一気に疲弊するだろう。あの効果が強化されれば、使ったら死ぬなんて事はないだろうな」


「ない」


 リカルドは自信を持って言い切った。


「『彼女』は俺を愛している。俺も『彼女』を愛している。だから決して命に関わるような事はしないはずだ」


「そうか。うん、そうか……」


 リカルドの眼には正気の光が宿っている。つまり正気で道を踏み外しているのだ。超集中を使いこなせるようになるまで、何度も嘔吐しながら転げ回り気絶した事はもう忘れているらしい。


 この話に深く踏み込んではいけないと、ルッツは適当に話を流した。どんな形であろうとも顧客が満足してくれているならそれでいい、はずだ。多分。


「いずれにせよパトリックさんは今、刀の装飾にかかりきりだ。柄の巻き直しが出来るのは少し後になるだろう」


「そうか、楽しみに待つとしよう。別に急がなけりゃならん話でもない。それよりも……」


 リカルドは短刀をテーブルに置いて大きく息を吐いた。


「『椿』の装飾も何とかならないか? 『桜花』に比べて地味、貧相にすぎる。鞘は黒塗り一色、しかも塗りが甘いからところどころ剥げてきやがった。これじゃあ、あまりにも可哀想だろうが」


「はい、すいません……」


 リカルドのもう一本の佩刀、『椿』の装飾をしたのはパトリックではなくルッツである。鞘、鍔、柄、その他金具類などを頑張って作ったものの、やはり本職に比べれば大きく劣る。パトリックが装飾した『桜花』と並べると悲惨の一語に尽きた。


 片方は豪華で、片方はみすぼらしい。二本一緒に持ち歩いているリカルドとしては、たかが飾りとは言えない深刻な悩みであった。


 たとえるならば美人姉妹を左右に侍らせて歩いているが、姉にはボロボロの服を着せ、妹は綺麗な格好をしているようなものである。気まずい、申し訳ない、後ろから刺されたところで文句も言えない。


 しかし、『椿』の装飾をパトリックに頼めない事にも理由があった。『椿』に施された魔術付与、その能力は呪いと呼べるほどに強力であり、見た者に自害を強要する効果があった。


 刀に所有者として認められたリカルドには無害であり、刀の製作者であるルッツはある程度の耐性がある。しかし他の人間にとっては致死性の劇薬も同然であり、パトリックに装飾を頼む訳にはいかなかった。本人はそれはそれで満足しそうなのが余計にタチが悪い。


「サイズを伝えればそれなりの物は出来るだろうが、そういう適当な仕事はパトリックさんが嫌がるだろうしなあ」


「じゃあお前が装飾の腕も上げて、作ってくれりゃあいいじゃないか」


「俺は刀鍛冶で忙しいんだよ。特に最近はな」


「そこを何とかしてくれないか?」


 さて、どうしたものかと天井を見上げて悩むルッツであったが、すぐに面白い解決策を思い付いてニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「もうひとりいるじゃないか。『椿』に触れる事が出来て、おまけに暇そうな奴が」


「おう、誰だそいつはッ?」


 パッと表情を明るくするリカルドに、ルッツは黙って人差し指を向けた。


「……俺?」


「お前」


 数秒の沈黙。そしてリカルドは悪い冗談だとばかりに手を振った。


「いやいやいや、待ってくれ。ちょっと待ってくれよ。俺は装飾師でもなければ鍛冶師でもない、そもそも職人じゃないんだぞ。無茶を言うな」


「ゲルハルトさんが職人を目指したのも今のリカルドと同じくらいの歳だ。俺もパトリックさんに紹介状くらいは書いてやる。まあ、頑張れ」


「ええとルッツさん? ひょっとして、おマジでいらっしゃる?」


「刀の研ぎは引き受けてやる、俺は鍛冶屋だからな。だが装飾に関してはもう知らん。鞘が割れようが、柄巻糸がすり切れようが、全部自分でなんとかしろ」


 話は終わりだ、とばかりにルッツはそっぽを向いてしまった。リカルドからは見えない角度で笑いを堪えている。


「なあ、ひとついいかい?」


 今まで黙って見ていたグエンが控えめに手を挙げた。


「今さらと言えば今さらなんだが、連合国の騎士の目の前で魔剣の強化法なんて語っちまっていいものか?」


「ん、それはまあ……」


 そこまで考えていなかった、とルッツは首を捻った。


「いいんじゃないですか、錬禁呪師に対抗する同志って事で。ただ、そっちの王様には内緒にしておいてください」


「俺は一応、国王付きの騎士でもあるんだが……。いいけどさ」


 グエンとアルサメス王の関係は少々複雑であった。ハッキリ言って嫌いである、苦手でもあった、殺意を抱く理由すらある。それでもグエンは王が不在という状況にするのはまずいと、連合国を存続させる事を優先してアルサメス王に仕えているのだ。


 とても忠誠という言葉にはほど遠い。使えるか使えないかもわからぬ強化方法をいちいち報告してやる義理はなかろう、とグエンは結論付けた。


 少々意地の悪い言い方をすれば思考放棄でもあるのだが、それでもアルサメスと対立するよりはマシであろう。

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