第680話 永久機関
「ロレンス商会では貸し倉庫を守る為に、腕は確かで忠誠心もある専属の傭兵を十数名抱えているようです。正確な数字はわかりませんが」
聞いているジョセルは複雑な心境であった。そんなに戦力を抱えているならば貸してもらいたい場面はいくらでもあった。そして恐らくは、頼んだところで断られていたであろう事も容易に想像出来る。
「ところでクラウディアさん、ロレンス商会の貸倉庫というのはいくつくらいあるのだろうか。いや、もっとハッキリと聞こう。どれくらい儲けている?」
「おやジョセルさん、お金の話に興味がおありで?」
クラウディアはニヤニヤと笑いながら聞いた。先ほどまでより、よほど好意的な笑顔である。
「金は汚いもの、金に執着しないのが立派な騎士、などと言っていられる立場ではないからな。金があれば色々出来る、そういう事も考えねばならん」
ジョセルの言葉に、クラウディアは何度も頷いていた。騎士団長が金に興味を示す、実に結構な事である。無論、私腹を肥やす為ではないという条件付きだが。
「倉庫は大小合わせて三十個、全て埋まっています。預かり金の平均が金貨百枚として、年間三千枚稼いでいる事になりますね」
「三千枚ッ!?」
領地を運営する貴族ならばともかく、商人がそれほどの金額を扱ってるという事にジョセルは驚愕していた。
一方でクラウディアは平然とした顔で話を進めた。
「楽に儲けているなどと言ってはいけませんよ。貸し倉庫業を営むにはまず何と言っても腕の立つ傭兵と、読み書き計算が得意な管理人を多数用意しなければなりません。そしてその全員が真面目で信用出来る人物でなければならない、これが難しい。新規参入がほぼ不可能である理由であると言ってもいいでしょう」
それと、とクラウディアは付け足すように言った。
「もしも泥棒が入って倉庫から財宝やお金が盗まれたら、それはロレンス商会が補償しなければなりませんからね。リスクのある商売ですよ」
「そうか。伯爵家で貸し倉庫業を行えないかと考えていたのだが、難しいか……」
「無理ですよそりゃあ」
当たり前だと言わんばかりの態度でクラウディアは手を振った。
城には鍵のかかる部屋が沢山ある、警備兵も巡回している。良い事づくめではないか。アイデアを即座に否定され、ジョセルは少しムッとした顔で聞いた。
「何故だろうか?」
「信用がないからです」
「伯爵に向かって信用がないとは、言いすぎじゃないかね」
「失礼、決してマクシミリアン・ツァンダー伯爵個人に対して信用がないと言っている訳ではありません。商人が貴族を信用していないという話です。その地の領主とはつまり、領民に対して財産の差し押さえを命じる事が出来る立場なのです。そんな相手に財産を預けたいと思いますか?」
「心臓を他人に握らせるようなものだな」
「心臓、ですか。ふふ……」
「何かおかしな事でも?」
突然笑い出すクラウディア。その理由がわからずジョセルは戸惑うばかりであった。
「ルッツくんやゲルハルトさんだったら、キンタマを握らせるとか表現するんだろうな、って」
「クラウディアさん、
「や、これは失礼」
相変わらず生真面目な奴だなとクラウディアは小さく肩をすくめた。
「ともかく、政治屋に財布を預けるという行為に嫌悪感を抱かない人間はいないと思いますよ」
好き放題言ってくれるものだ、やはりこの女は苦手だと思う一方で、ジョセルはクラウディアの意見が正しいのだろうとも理解していた。貸し倉庫業を進言して、却下されて恥をかくだけならばまだいい。採用された結果、大損などしては眼も当てられない。
なんとなく会話が途切れたところでジョセルはスッと音もなく立ち上がった。
「参考になった、礼を言う。それと宝石の件はよろしく頼む」
そう言ってジョセルは階段を降りて玄関に向けて歩き出した。
宝石の確保という大任を果たし肩の荷が下りたが、新たな課題も色々と浮かび上がってきた。そんな一日であった。
「そうかそうか。でかした、よくやってくれたなジョセル! うはははははッ!」
宝石買い取りの契約が取れた、そう報告するとゲルハルトは少々大袈裟に思えるほど喜んだ。師に喜んでもらえるのは嬉しいが何故そこまで、とジョセルが疑問を口にした。
「わからんのか?」
「恥ずかしながら……」
ふむ、と唸ってからゲルハルトは話を続けた。
「要するにだな、わしらはもう魔術付与の素材に不足しなくなったという事だ。武具はウィルソン工房から送られてくる、宝石はクラウディアさんからいくらでも買える。魔術付与が終わったらパトリックの弟子にでもくれてやればよかろう。永久機関の完成、とはちと言い過ぎだが、それに近い状態ではあるな」
「お師さま。片っ端から魔術付与をしたとして、一字二字の刀など売れるのでしょうか?」
金が出て行くばかりで売れなければすぐに破綻するのでは、とジョセルは懸念していた。
「問題ない。確かに貴族の佩刀にはならんだろうが、部下に与える褒美としては最適だ。お主にも覚えがあるであろう」
確かに、とジョセルは頷いた。彼は国境際の村から付いてきてくれた元帰還兵たちにルッツ作の短刀を与えた事がある。あの時は皆に、本当に喜んでもらえたものだ。
「出来上がった刀を売りさばくのは伯爵かクラウディアさんに任せればいい。簡単な話だ」
ゲルハルトは笑いながら立ち上がり、適当な刀を三本と、宝石の入った小袋を掴んでジョセルに押し付けた。
「じゃ、お主はもう帰れ」
「ええッ? ここまできて仲間はずれですかぁ!?」
「こっちはこっち、そっちはそっちで勝手にやればいい。足りなくなったらまた取りに来い」
ジョセルは抗議しようとするも、背中を押され強引に部屋から追い出されてしまった。ご丁寧に内側から閂が落とされる音がした。話し合うつもりなど皆無であるらしい。
「何なんだ、一体……」
ジョセルはぼやきながら帰路へと就いた。魔術付与やり放題だというのであれば自分にも少しはやらせてくれてもいいではないか。それともゲルハルトが飽きたら回してやるという事なのか。刀と宝石だけ寄越されても、どうしろというのだ。
「ただいまぁ」
「お帰りなさい、ジョセルさん」
自宅に戻ると妻マリアがいつもの明るい笑顔で出迎えてくれた。外で何があろうとも、この瞬間だけはほっとする。
「ジョセルさん宛てに荷物が届いているの。ゲルハルト様からだとか」
「お師様から?」
つい先ほどまで顔を合わせていたが何も言われなかった。荷物とは何か、心当たりは全くない。
自室に入ると、真ん中に大きな四角い物体があり布がかけられていた。ゲルハルトに押し付けられた刀と宝石を置いて布を取り去る。そしてジョセルは師を疑った己の不明を恥じた。
「そうか、そういう事か……」
布の下から現れたのは中古の付呪台であった。
ゲルハルトの付呪工房にある一台だけではゲルハルトが使っている時はジョセルが使えず、その逆もしかりである。ゲルハルトはわざわざジョセルの為に専用の付呪台を用意してくれたのだった。
「お師様、ありがとうございます」
ジョセルは眼を閉じて呟くように言った。
師の心遣いとは何とありがたいものだろうか。それはそれとして事前に一言教えて欲しかった。
ジョセルを驚かせたかったのだろう。そうしたところはいかにも悪戯好きのゲルハルトらしい。
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