第678話 光指す道へ

城内、ゲルハルト付呪術工房の片隅に山と詰まれた刀を見てジョセルは眼を丸くしていた。


「あの、お師様。これは一体……?」


「何だ見てわからんのか、これは刀だ」


と、ゲルハルトはぶっきらぼうに応えた。


「ええ、それはわかります、そこまでは。少なくとも人参の山でない事だけは確かでしょう。問題は何故ここに刀が大量にあるかという事です。こればかりは見ただけではわかりません」


「なるほどなるほど、それもそうだな」


何が楽しいのか、ゲルハルトはくすくすと笑い出した。


「こいつはわしの暇潰しグッズだ。ボルビスの……、いや、ウィルソンの工房から不良在庫を引き取ってな。久々にがっつり魔術付与にのめり込もうという訳だ」


「品質は一字、二字ばかりのようですな」


ジョセルが適当に刀を抜きながら言った。彼もゲルハルトの弟子になってから長い、ひと目でその品質を見抜いていた。


「腕を上げる為には数をこなす事が重要だ。無論、ひとつひとつが疎かになってもいかんがな」


はい、とジョセルは師の言葉に深く頷いた。職人の成長に必要なものは努力と実践、それだけである。当たり前の事で、つい忘れそうになる事でもある。


神は啓示を与えに降りて来たりはしない。こちらから光指す道を突き進み、会いに行かねばならないのだ。


「何もしない期間が空いて、いざ四文字五文字の魔術付与をする時にやり方を忘れていましたでは話になりませんね」


「そうだな、実際にそんな状況に陥って全身から脂汗を滲ませた事は何度もあるぞ。好きなように魔術付与が出来る環境というのは結構大事なものだ」


その機会を得られず廃業していった付呪術師は山ほどいる。ジョセルは師の深い考えに感じ入りながら頷いた。


「ジョセル、お主も好きに使え」


「よろしいのですか?」


「遠慮する事はない。ウィルソン工房とは専属契約を結んだ、これからもまだまだ大量に刀が届くぞ」


それに、と呟いてゲルハルトは話を続けた。


「お主は数年以内に五字の魔術付与を成功させねばならぬ身だろう。少しずつでも腕を上げておかねばな」


「はい」


ジョセルの息子、エルウィンは数年後にヘンケルス男爵家を継ぐ事になっており、今は修行の為にエルデンバーガー侯爵家に預けられている。彼が戻って来た時に、父が魔術付与を施し、婚約者が装飾をした刀を祝いの品として贈ろうという話になっているのだ。


その『煉獄刀』はヘンケルス家の象徴、家宝となるだろう。ジョセルの人生を懸けた大仕事であった。


「まあ、出来ないなら出来ないでわしに泣き付いてくれても構わんが、その場合はエルウィン坊の後見人はわしって事になるな」


ゲルハルトはニヤニヤと笑いながら言った。


「……いつの間に、そんな話に?」


「そう決められた訳ではない、誓約書を交わした訳でもない。ただ流れとしてそうなるだろうという話だ」


どういう事だとジョセルは眉をひそめた。いずれにせよジョセルが約束を果たせなかった場合、ろくでもない事になりそうだ。


「父と息子の約束とは、言い替えれば男と男の約束だ。果たせなければ信用を失うのは当然だろう。家族だからで済まされるような話ではない」


「それは、確かにそうですが……」


「パパは口先だけの男、肝心な時に何もしてくれない奴。そういった印象だけが残るのだ。お主はずっと家族と伯爵領を守る為に戦ってきた、エルウィン坊もそれをよくわかっているはずだ。軽蔑まではされないだろう。だが心の奥底にわだかまりは残る。革鎧に付いた正体不明の粘っこい汚れのようにな」


「むぅ……」


生理的に嫌な表現をするものだなと思いつつ、反論出来ぬジョセルであった。


「そこでわしが新生ヘンケルス男爵家の家宝となる刀に魔術付与をしたとしよう。肝心な時に頼れるのは親父ではなくわしだという事になる。悪いなジョセル、今度からわしがお爺ちゃんだ、うはははは」


煽るように笑うゲルハルトを、ジョセルは表情を引き締めて睨み付けた。


「今はまだ未熟です。ですが精進し、必ず五文字の魔術付与を成功させて見せます」


ゲルハルトは自分に発破を掛ける為に憎まれ口を叩いているのだろう、それはわかる。ゲルハルトの言葉から不良老人フィルターを外して見れば、結局のところ『息子との約束を守り、信頼と尊敬を得る為にお前自身が頑張れ』としか言っていないのだ。


しかしそれはこの老人への理解としてはまだ半分といったところだ。ゲルハルトはジョセルを本気で応援しているだろうが、ジョセルがその想いに応えられなかった場合は遠慮なく自分で魔術付与を行い、そしてエルウィンにも後見人のような顔をして接するだろう。


チャンスは与えるがそれをどう活かすかは本人の勝手。ゲルハルトの若者に対する態度は常に一貫している。歴史が少しズレていれば、主君であるマクシミリアン・ツァンダー伯爵の事すら見捨てていたかもしれない。


覚悟のきまった、見方を変えれば挑戦的とも思えるジョセルの態度にゲルハルトは笑って頷いた。面白くなってきた、彼の気持ちを要約すればそういう事になる。


「時にお師様、素材となる刀を確保出来たのは良いとして宝石のストックは十分にありますか?」


「む、確かにこれだけの量となると厳しいな。一字二字の魔術付与の為に取って置きの宝石を使いたくもない」


「クラウディアさんが宝石の仕入れルートを確保していると聞きました。もしよろしければ私が交渉してきましょうか」


「……良いのか?」


ゲルハルトは弟子の身を案じるように聞いた。


「弟子がいつまでも上げ膳据え膳では座り心地が悪うございます、これくらいはさせてください」


「お主は職人であると同時に騎士団長でもあるのだ。わしに比べて忙しかろう。事情を知る者ならば誰もお主を責めたりはせぬ。無論、わしもな」


つい先ほどまでの煽り老人ムーヴとは打って変わって、ゲルハルトは優しげな声で言った。


「いえ、それが最近はさほど忙しいという訳でもないのです」


「どういうこった?」


「ハインツら騎士たちがよく働いてくれていますので。見回りは真面目にやり、多少の揉め事なら解決してくれて、賊や魔物の討伐など大きな案件は予め要点をまとめてから話してくれます」


「騎士がまともに働いてくれるというのはありがたいものよのう。以前は奴ら自身が揉め事の種だったからな、そりゃあ忙しくなるに決まっている」


ゲルハルトは軽い笑い話のつもりで言ったのだが、ジョセルは指先で目頭を押さえて肩を震わせていた。


「本当に、改善してくれて良かった……ッ」


ゲルハルトは何も泣く事はないだろうと言おうとしたのだが、言葉に出来なかった。今までジョセルはずっと無理難題を押し付けられてきたのだ、そして押し付けていた側の人間に自分も入っているかもしれない。


……こいつには幸せになって欲しいものだな、そうでなければ世の中は間違っている。


ジョセルが落ち着くまでゲルハルトは何も言わず、じっと見守っていた。

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