第677話 繋がる希望

「あの、それはどういう事で……?」


 沈黙に耐えかねたウィルソンが聞いた。多分褒められたのだろうとは思うが、真剣な表情で呟いたきり何も言われないのでは段々と不安になってくる。


 ゲルハルトは『ふむ』と唸り、重々しく口を開いた。


「まず、お主を見くびっていた事を謝罪しよう。この刀、魔術付与を施すならば三文字が入る、それほどの品質だ」


「おお、まことにございますかッ!?」


 三文字、それは貴族の家宝、当主の佩刀に出来るほどの品質であるという証であり、鍛冶屋の親方として一人前の仕事が出来たという事である。パッと表情を明るくするウィルソンに、ゲルハルトは相変わらずの引き締まった顔で言った。


「それで、こいつが出来上がるまでに何本の刀を打った?」


「あ、はい、三十本ほど……」


 何やら風向きが変わってきたと、ウィルソンは少し声を落として応えた。どうやら無条件で褒められている訳ではないようだ。


「で、こいつを打ってから同じような品質の物を量産出来るようになったか?」


「いえ、それが一度も……」


「要するに偶然の産物という訳か」


「はい……」


 しょんぼりと肩を落とすウィルソンに、ゲルハルトは小さく頷きながら言った。


「責めている訳ではない、偶然だろうが何だろうが一度は出来たのだ。その成功率を上げ、出来て当然という域にまで持って行くのが訓練であり修行というものであろう」


「は、精進いたします……」


「ルッツどのや鍛冶親方上位三人衆には遠く及ばぬ。しかし鍛冶屋としてのスタートラインには立てた、そういう事だな」


 手放しで褒められた訳ではないが、どうしようもない奴だと見放された訳でもない。現実的に考えればこれが最善の結果だ。まずは良しとするべきかと、ウィルソンは小さく安堵の息を吐いた。


 対するゲルハルトはウィルソンの伸び代について考えていた。この男は育てれば伸びるだろうか、投資する価値があるだろうかと。正直なところ全く期待していなかったので悩んでしまう。


 ウィルソンがルッツから二度目の指導を受けてからそれほど時間は経っていないはずだ。その僅かな期間で質はともかく刀を数十本も作り上げたのである、自分なりに努力を重ねたという言葉に嘘はないだろう。


 また、亡き友の弟子を支援してやるというのも運命とまでは言わずとも悪い気はしない。


 ……ウィルソンがこの先どうなろうがそりゃあこいつの自己責任だが、この工房を潰されるのだけは勘弁してもらいたいな。


 ゲルハルトは己の両膝に手を当て、よっこいしょと呟きながら立ち上がった。


「工房内を見たい、案内してくれ」


「……へ?」


「どうした、わしはその為に来たのだぞ」


「あ、はい、失礼しました。どうぞこちらへッ!」


 工房の前を素通りしようとしていたゲルハルトが、やはり工房を見たいと言い出した。つまりそれはウィルソンの自信作を認めたという事なのだろう。仕掛けたバネが作動したのか、そう見えてしまうほどウィルソンは勢いよく立ち上がった。




 工房内に職人の数は多くないが活気があった。リズミカルな鎚音が聞こえ、徒弟たちも忙しそうに走り回っている。ボルビスの工房は死んでいなかった、それがわかっただけでもゲルハルトにとっては嬉しいものだ。


「ところでウィルソンよ。使っていない炉があるようだがそれはどうした?」


 炉に対して職人の数が足りないという訳ではあるまい。ウィルソンは親にまずいものを見られた子供のような顔で応えた。


「あの炉は壊れているのです」


 頑丈な石造りであるが、超高温に熱して冷ましてを繰り返していればいつか壊れてしまう。鍛冶工房の炉とはそうしたものだ。


「直さんのか」


「恥ずかしながら、手持ちが……」


 ウィルソンは言葉を濁し、ゲルハルトも追求を避けた。評判の良くない鍛冶屋だ、金に困っているのはむしろ当然と言える。


「買い手の決まっていない刀はあるか?」


「はい、二十本ほど倉庫に眠っております。組合に買い取ってもらうしかないと考えているのですが」


 商人に直接ではなく、一度組合を通してとなると買い取り価格はどうしても安くなってしまう。また、これがウィルソン工房の作品であるという事も完全に無視されてしまう。要するにまとめ売りの在庫処分だ。


 それでも売らねば工房を維持できないとなれば、売るしかないのだろう。ゲルハルトは金にまつわる悲哀を何度も見てきた、自身がそうした立場になった時もあった。金、金、金、それは職人に限らず組織をまとめる者ならば、誰も避けては通れぬ道だ。


 茨の道を裸足で進み、耐え抜いた先が行き止まりでないとも限らない。金の問題とはそうしたものである。


「全て寄越せ、買い取ってやる。先ほど見せた三文字もだ」


「よろしいのですか?」


 嬉しいか嬉しくないかで言えば物凄く嬉しい。これで職人たちに給料を支払ってやれるし、様々なツケも清算出来る。付いた値段によっては炉の修理だって出来るだろう。しかし何故ゲルハルトがそこまでしてくれるのかわからずウィルソンは困惑していた。


「それほど沢山の刀を何に使われるのですか?」


「弟子の教材とわしの暇潰しだ、魔術付与のな。質はともかく数をこなしたい」


「質はともかく、ですか」


 ウィルソンが少し嫌そうな顔をするが、ゲルハルトは謝罪も慰めもせず、真っ直ぐウィルソンの眼を見据えて言った。


「文句があるなら良い物を作れ、ただそれだけの話だ。物が良ければそれだけの金も出す」


「それは……、いえ、確かにその通りです」


 言い訳をせず、泣き言も吐かなかった。今、ウィルソンの胸中ではゲルハルトへの感謝と対抗心が同時に渦巻いているであろう。上を目指す職人とはそれでいいと、ゲルハルトは内心でほくそ笑んでいた。


「さあ応接室に戻ろう。二十本の刀を全て持って来い、査定してやる。そして城に運ぶのを弟子たちに手伝わせろ、その場で代金を支払ってやるぞ」


 援助するにしてもただ金を渡すよりはお互いに遠慮はいらず、後腐れもない。玩具も確保出来て、実に良いところに着地したものだとゲルハルトは満足していた。


 ウィルソンが金の心配をせずに済み、修行に集中して成長してくれるならばさらに良しだ。


 ゲルハルトは高らかに笑いながら歩き出した。元より案内などなくとも部屋の位置は熟知している。

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