第560話 短刀五本

「あ、いいですよ」


「ちょっと待てぇい!」


 安請け合いしようとするルッツの胸を、クラウディアがビシリと叩いた。


「ルッツくん、受ける受けないは君の自由だが理由くらいは聞きたまえよ。なんとなくで依頼を受けていたらキリがないだろう」


「そういうものか……」

「そういうものさ」


 武具は支給しているはずだ。何かルッツの作品でなければならない特別な理由があるのかとクラウディアが視線で問うと、マリーノは深く頷いた。


「先ほどはここには生活に必要なものが何でもあると言いましたが、ひとつだけ足りないものがあります」


「それは?」


「誇りです」


 初めて笑みを消し、真面目な口調で語り出すマリーノ。話が妙な方向に転がってきたなと、ルッツとクラウディアは顔を見合わせた。


「ここは最前線とまでは言わずとも、戦う機会のある場所です。そんな中で自分は命を預けられる素晴らしい武器を持っているのだと、そういった心の拠り所が欲しいのです」


「むぅ……」


 クラウディアは口の中で唸った。ある意味で彼らをここへ送り込んだのはクラウディアだ。そして出来る限りの援助をすると約束したばかりである。


 心の拠り所が欲しいというのは妥当な願いだろうか、それとも厚かましい我が儘だろうか。


 わからない、その線引きが難しい。


 この話を受けた場合、負担をかけられるのはクラウディアではなくルッツである。なればこそ心苦しい。


「それと……」


 マリーノは硬い表情を崩し、照れたように言った。


「ハインツの野郎に短刀を自慢されて羨ましくなりまして」


 ルッツは『ああ』と呟き頷いた。ハインツとは騎士団の第一次募集に真っ先に応じた男の名であり、ツァンダー伯爵家第二騎士団長ジョセルの副官であった。今は第三騎士団長も兼任している。


 第二騎士団設立時にお祝いとしてルッツは短刀を送った覚えがある。マリーノが言っているのはその事だろう。


「わかりました、やりましょう」


「おお、ありがとうございます!」


 ルッツが右手を差し出し、マリーノはそれをがしりと掴んだ。その光景をやや冷めた眼で見ながらクラウディアは言う。


「マリーノさんの分だけでなく、人数分用意しなきゃならんのですよね?」


「え、ああ……、そうですね」


 それもそうだ、ひょっとしてとんでもない事を頼んでしまったのではと、マリーノは申し訳なさそうな顔をした。


 ここで生きていく為には仲間たちとの連携が必要不可欠である。自分だけが良い思いをして信頼を失い、結果として助けてもらえなくなるのでは本末転倒であった。

だがそれはあくまでマリーノの都合に過ぎない。それで五倍の負担をかけられてはルッツもたまったものではないだろう。


 しかしルッツは別に怒るでもなく、そもそも気にしてすらいないようであった。


 五人分の短刀を打つ事を負担などとは思っておらず、創作意欲が湧いて来たので早く鍛冶場に戻りたい気分だった。そしてマリーノが表向きの理由だけでなく本心も晒してくれた事にも好感を抱いていた。


 クラウディアとマリーノがじっと自分の顔を見ている事に気付き、ルッツはニィっと笑みを浮かべて答えた。


「何ら問題ありません。短刀五本、打ちましょう」


「ルッツさん……ッ」


 マリーノは感極まったように深々と頭を下げた。まるでくしゃくしゃになった顔を隠すかのように。




 道の舗装は十分とは言えず、馬車はガタガタと大きく揺れる。ルッツが特別に補強した車輪でなければ外れていたかもしれない。


 物資の円滑な輸送には道の整備が必要不可欠、これも今後の課題だなとクラウディアは頭の中で早速工事計画を立てていた。


 荷台でじっと考え事をしていたルッツが呟くように言った。


「あの人の言葉はどこまでが本心だろうな……」


 おや、とクラウディアは少し意外そうな顔をした。


「何か気に入らないところがあったかい?」


「悪い意味で疑っている訳ではないよ。出来立てほやほや、仮小屋だらけの冒険者村に飛ばされて不満がないとか満足しているとか、そういった言葉を鵜呑みにしてよいものかなと」


「ふぅン、ルッツくんはどう思うね?」


「飯が食える、屋根の付いた寝床がある、ついでに娼館がある。そこらへんの生活に満足しているというのは確かだと思う。ただ、不安が全くないというのは嘘だな」


 続けてくれ、というようにクラウディアは頷いた。


「どう取り繕ったところで冒険者は武器を持ったならず者さ。そういった潜在的な敵に囲まれた生活というのは精神が磨り減るんじゃないかな。戦えば有利だろうが二倍の敵に勝てる保証はないし、三倍の差があればどうしようもない。やっぱりキツイんじゃないか」


 むぅ、とクラウディアは唸った。城塞都市から遠く離れた冒険者村は、法や権威が通用する場所ではないのだ。一般的な生活の延長線上にあると考えていたのがそもそもの間違いだった。


 心の拠り所が欲しいなどと言われた時は正直、何を甘えた事をと思ったものだ。他の地域で働く元帰還兵の騎士たちはそんなものがなくても上手くやっているではないかと。


 違う、そうではない。異国にも敵地にも等しい場所で強く生きていく為に必要なものであったのだ。


 名刀を持てば自信が付く。皆で持てば結束が強まる。誇りを持った堂々とした振る舞いをしていれば冒険者たちも彼らに逆らおうなどとは思わないだろう。


 自分は村作りにおいてはまだ未熟だ、とクラウディアは何度か首を振った。


「すまないねルッツくん、私からもお願いするよ。彼らの心の支えになれるような、素敵な短刀を作ってやって欲しい」


「いいね、クラウからお願いされたらますますやる気が出るってもんだ」


 などと、ルッツは明るく笑って見せた。


 そこでようやく思い至った、ルッツがマリーノの依頼を快く引き受けたのは私の為ではないかと。冒険者村を成功させてやろうという心意気ではないのかと。


「そうか。うん、そうか……」


 直接問いただすのは無粋な気がしてクラウディアは何も聞かなかった。


 短刀五本、その数字も何だか懐かしく思えてきた。

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