第559話 住めば都とひとは言う

「ところでマリーノさん、先ほどの……」


「おっとっと、マリーノさんだなんて畏まらずとも『おいマリ公』と呼び捨てにしていただいて結構ですとも」


「さすがにそれはどうかと……」


「『マーちゃん』でもいいですよ」


「お断りする」


 汚い髭面に明るい笑みを浮かべて話を進めようとするマリーノを相手に、ルッツは困惑していた。


 ルッツはあまり礼儀作法にうるさい方ではないが、それにしたって初対面の年上を呼び捨てになど出来ようはずもない。


 ……そもそも年上なのだろうか?


 見た目は四十代、筋肉の張りは三十代、活発な声は二十代くらいに思える。とにかく謎の多い男であった。ひょっとすると髭を剃ったら十代に見えるのではないかという疑いすらあった。


 マリーノはさらにひとりで喋り続けた。


「ルッツさんとクラウディアさんは姫様を助け出してくれた恩人です。で、姫様は俺たち元帰還兵にとっての恩人な訳で。つまり広い意味で、俺はルッツさんの手下であり家臣であるとも言えるのではないでしょうか?」


「……さすがに拡大解釈が過ぎると思いますよ」


「そうですか、それは残念!」


 残念、という言葉の意味をわかっていないかのような明るい顔でマリーノは叫ぶように言った。そして数秒の間を置き、首を捻った。


「ええと、何の話をしていたんでしたっけ?」


 自分から話しかけておいてこれである。


 疲れる相手だ、しかし嫌いではないなと考えながらルッツは答えた。


「こんな所に押し込められて騎士の皆さんは不満ではないかと、そういう話です」


「ああ、そうそう、それですね。不満ですか、全くありません!」


 マリーノは何故か自信満々に胸を張って言った。さすがにここまでの反応は予想外だと、ルッツとクラウディアは顔を見合わせた。


「全く、ですか……?」


「そう、不満など毛ほどもありませんとも! 飯が食える、まともな寝床がある! 酒が飲めて綺麗なオネーチャンもいる! 仕事といえばたまにガラの悪い冒険者どもをぶちのめすだけ。いやあ素晴らしい、実に素晴らしい。戦場に比べればここは地上の楽園です!」


 比較対象がおかしい気もするが拳を強く握って熱弁する様子からして、どうやら本心から語っているようだ。


 しかし、とクラウディアが頬に指を当てながら聞いた。


「暴れたり盗みを働こうとする冒険者を取り押さえるというのが難しいんじゃないですかね。不足なら人員を増やすとか武具を揃えるとか、相談に乗りますが」


「それについては大丈夫だろう」


 と、ルッツが答えた。


「兵士と冒険者が戦った場合、基本的に兵士の方が有利なんだ」


「へえ、強い弱いじゃなくて有利なんだ」


「そうだ」


 これは以前リカルドにも話した事だがと前置きしてルッツは続けた。


「魔物を相手にする事が多い冒険者は武器を大振りするクセがある。生命力の強い魔物はちょっとやそっとの傷を負わせても再生してしまうからな、両断するか深く切り込まなければ意味がないんだ」


「確かにねえ」


「一方で人間は刃を数センチ入れただけ死ぬ。その為、対人戦闘に慣れた奴は最小限の動きで武具を振るう事を心がける。そこらへんの差だな」


「なるほど、そういうものなんですね!」


 何故か当事者であるはずのマリーノが驚いたように言った。


「……知らなかったんですか」


「何か俺って強いなあ、何故だか勝てちゃうなぁくらいに思っていたんですが、そういう理由があったんですね。何というかこう、納得って奴がスッと胸に入ってきた気分です」


「騎士が五人という今の状況で十分だというには根拠があったのでは」


 ルッツが不思議そうな顔をすると、マリーノはよくぞ聞いてくれましたとばかりに何度も頷いた。


「俺の自信のもとはもっと単純です。騎士とはいっても名ばかりで、頭の中は帰還兵のままですからね。本物の騎士や冒険者と違って見栄を張る必要がないんですよ」


「格好つけなきゃ舐められる、という感覚がないのですね」


「そう! それですよ、それ!」


 理解してもらえたのがよほど嬉しかったのか、マリーノは手を叩きながらにこやかに笑っていた。クラウディアはまだよくわからないといった顔をしていた。


 そんなクラウディアの為にマリーノはビシッと人差し指を立てて解説を始めた。


「要するに我々は相手が強すぎたり、こっちが不利になった場合はすぐに逃げちゃえるんです」


「逃げちゃうんですか、治安維持部隊が」


 クラウディアは少しだけ難色を示すが、そんな事はお構いなしにマリーノは話を進めた。


「はい、それはもう全力で。そして仲間を集めてから敵を袋叩きにします。これが一番効率がよろしい」


 そうなのか、とクラウディアが視線を向けると、ルッツが小さく頷いた。


「メンツで食ってる冒険者連中ならそうはいかない、一時的とはいえ逃げ出したら負けを認めたと思われるようで」


「普段から危険な迷宮にこもっているのだから、むしろ未知の強敵からは逃げたり隠れたりするのが冒険者だと思っていました」


「それも事実です。彼らにとって魔物から逃げるのと、同じ人間から逃げるのとでは意味が違うのです」


「そういうものですか……」


 事情はわかったが理解は出来ない、そんな顔をするクラウディアにマリーノは苦笑を浮かべて言った。


「そういう生き物だと思うしかありません。道を譲るの譲らないので殺し合いまで始めるような馬鹿の考えは俺にだって理解は出来ませんよ」


「ふぅン、なるほど。それでマリーノさんたちはどうなんですか、助けを求めたら仲間たちはすぐに動いてくれるのですか?」


「動きます。なんせ動かなかったら次に自分が助けを求めても見捨てられる可能性が出てきますからね。帰還兵たちには強い繋がりがあります。それを絆と呼ぶか鎖と呼ぶかは解釈の分かれるところでしょうが」


「今のところ治安維持に関して問題はないという事だけはわかりました。しかし……」


 クラウディアはマリーノの眼前に白い指を突き付けて言った。


「油断だけはなさらぬよう。数は出張騎士団よりも冒険者たちの方がずっと多いのですから。彼らをあからさまに見下すような態度は慎んでください、目指すべきは共存です。無論、その為に必要な物資や人員に関してはいつでも相談に乗ります」


「……そうですね、肝に銘じます」


 調子に乗りすぎたところはあったと、マリーノは反省し頭を下げた。


 そんなマリーノの反応を見てクラウディアは満足げに微笑んだ。根は真面目な男なのだろう、ただどうしようもない方向音痴というだけで。


「そうだ、せっかくだからご厚意に甘えさせてもらってもよろしいでしょうか」


「私に出来る事なら何でも言ってください」


 クラウディアはドンと自分の胸を叩いた。思い返せば、初めての村作りという事で少し気負っていたのかもしれない。


 マリーノの視線がクラウディアからルッツに向けてスライドした。このパターンはひょっとして、と後悔した時はもう遅かった。


「ルッツさんの銘が入った武具をいただきたいのです」

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