第6話 流浪刀
「何をやっているんだお前らは……」
騎士団の詰め所にて、ジョセルはほとほと呆れ果てていた。騎士たちは皆、肩を落として高位騎士の怒りが通りすぎるのを待っていた。
盗賊を退治して溜め込んでいた財を奪うのはいい。
盗賊に通行料を払っていたという商人たちを捕らえて身代金を要求していたことについては問題ありだが、今回ジョセルはその点を咎めるつもりはなかった。
兵というのはただそこに居るだけで金がかかる。資金調達の手段を咎めて、では伯爵家から出す騎士団の運営費を増額してください、などという話になっても対応出来ないからだ。影響力のある豪商に手を出さなかっただけ良しとするしかない。
聞いたところ、新しく手に入れた剣というのは身代金代わりに受け取ったという話だが、それに頬擦りして顔を深く切ったというのはまるで意味がわからなかった。負傷した男は医務室に運ばれている。残念ながら命に別状はないようだ。
「とりあえずその剣を出せ」
ジョセルとしては理不尽な事を言ったつもりはない。騎士団の詰め所で刃傷沙汰を起こした原因を没収するのは当然の事だ。しかし、歳かさの騎士がひどく不満げに答えた。
「あれは我々が手に入れたのものでして……」
「まっとうな手段ではなかろう。それともこの一件、伯爵か教会に預けた方がいいか?」
千切れそうなほどに激しく首を振る騎士一同。そんな事をされては全員が処罰を免れず、彼らの実家にも被害が及ぶだろう。
騎士の一人が背中を丸めとぼとぼと奥へと歩き、一振りの剣を持って来た。見たことの無い、変わった作りの剣であった。
ジョセルはこの場で抜こうとしたが思いとどまった。何かしら呪いがかけられているのかもしれない。これはゲルハルトに相談するべきと判断した。
「この一件は私が処理しておく。それとあまり商人どもを追い詰めるな。奴らは貴様らが思う以上に
そう言い残してジョセルは詰め所を後にした。
残された者たちに広がる安堵と喪失感。やっかいな上司がいなくなってくれたのは良いが、代わりに失ってはならぬ大切なものがなくなってしまった。
もう二度とあの剣を手にすることは叶わないだろう。
昼過ぎになって詰め所に現れた珍客。捕まえていた商人、あの剣と引き換えに解放した女であった。
「どうも、こんちわ!」
数日間地下牢に閉じ込めていたことなど忘れてしまったかのように元気に話しかけてくる。何をしに来たのかわからないが、厄介事の匂いが色濃く漂ってきた。
「何か用か……?」
騎士の一人が
「あの素晴らしい剣、刀と言うのですがね。あんな美しい物を見た後では同じ作者の作品が欲しくなる頃じゃあないかと思いましてねえ!」
その女、クラウディアは異臭に気が付き鼻をひくつかせながら辺りを無遠慮に見渡した。
「血の匂いがしますねえ。ひょっとして、刀を巡って殺し合いでもしました?」
「そんなわけがあるか! 馬鹿が勝手に頬擦りしただけだ!」
叫んだ後で男は、余計な事を言ってしまったと後悔し舌打ちした。
自滅ならばただ一人の責任だが、斬り合ったとなれば全員の責任だ。誤解とはいえそんな話を広められては困るといった焦りと、ジョセルに刀を持っていかれてしまった苛立ちから、つい口が滑ってしまった。
ああ、この女のにやけ面のなんと腹立つことか!
もう一度牢にぶち込んでやりたかったが、自重しろとジョセルに釘を刺されたばかりであるし、捕まえる口実も無い。
「あの剣、呪いでもかかっていたんじゃないだろうな……」
「いえいえとんでもない。あの刀は純粋に美しすぎたのです。魔力なども感じられなかったでしょう?」
騎士たちに魔術の心得など無く、魔力云々と言われてもさっぱりわからない。しかし、わからないと答えられない見栄から曖昧に頷くしかなかった。
ちなみに、クラウディアも魔術の事などさっぱりわかっていなかった。
「それで、いかがですか。ご予算に合わせて何でもお作りしますよ。長剣を買い換えるのも難しいでしょうから、たとえば銀貨八十枚で短剣など」
クラウディアの提案に騎士たちは唸った。良い武器が欲しいという熱は高まっているが、自由に使える金は限られている。
賊と商人から金を巻き上げたものの、その大半は騎士団の運営費、上層部への付け届け、借金まみれの実家への仕送りなどで消えていった。残った金を皆で分ければ微々たるものである。
やがて一人の若い騎士が意を決したように手を挙げた。
「注文いいか、一本頼みたい」
「はい、まいど! お名前を伺ってよろしいですか。それと握りの太さや刃の長さなど、何かリクエストがございましたら……」
手際よく話を進めるクラウディア。その様子を見て一人、また一人と希望者が現れた。
最終的に短剣五本の商談をまとめ、クラウディアは満面の笑顔を浮かべて言った。
「初回取引ということで前金はいただきません。短剣と代金を一括交換でお願いします。それでは!」
唐突に現れ、唐突に去っていったクラウディア。注文した者も機会を逃した者も、今のやりとりは現実であったのかと首を捻っていた。
鍛冶屋の男は何者なのか、どこに住んでいるのかなど聞きたいことは山ほどあったはずなのだが聞き忘れてしまった。
仕方がないので彼らは通常の業務に戻った。それはつまり詰め所で昼寝をしたりチェスに興じたりするだけである。剣の稽古をする者がいないわけではないが、あくまで暇潰しに過ぎない。
この時、市場で十数人の殴り合いが起きていたのだが騎士団に仲裁を求めようとする者は居なかった。
誰にだって時間は有限であり、大切である。
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