第2話 悔い無き選択
「どういうことなんだ、詳しく説明してくれ」
ルッツは身を乗り出して聞くが、店主は首を捻るばかりで答えない。この態度は知らないとか、わからないという訳ではなさそうだ。
ルッツは顔を歪めながら財布から銅貨五枚を取り出してテーブルに叩きつけ、店主は笑いながら銅貨をポケットへ無造作に突っ込んだ。
「話は少し遠回りになるが聞いてくれ。まず、騎士団が街道の賊退治に出動したのは知っているか?」
「なんだって? あいつら、賄賂をせびる以外の仕事が出来たのか」
「驚く所そこかよ。まあ今回の討伐だって別に世界平和の為とかじゃない、自分らの利益の為だぜ」
商人が襲われ、賊が財産をある程度集めたところで騎士団が出動しそれらを全て回収する。
この時、奪われた荷を被害者に返却などはされない。どの物資が誰の物か正確にはわからないし、返された者と返されなかった者の間に不公平が生じる。ならばそれらを騎士団の運営費に充てて治安維持に貢献した方が結果的に皆の為になるだろう、というのが彼らの掲げる建前であった。
無論、誰も信じていない。騎士団のメンバー本人たちでさえ。
そもそも騎士団が仕事をしていないので明るいうちから街道に賊が出るのだが、その辺は完全にスルーである。
「奴らは賊のことを勝手に貯まる貯金箱か何かと考えているふしがあるからなあ」
と、店主は
「それがクラウディアの逮捕とどう関係するんだ。賊に襲われたとか戦闘に巻き込まれたとかならわかるが」
「騎士団が賊を尋問……、そう、尋問だ。尋問した結果、賊に資金援助とか物資の横流しをしていた商人が多数いたということで一斉検挙されたってわけだ」
「あいつが賊を支援? 何と言うかいまいち、はいそうですかと頷けない話だな」
「そうだな、おかしな事だらけだ。ただ商人がとっ捕まって保釈金を払わなけりゃ出られないという事だけが事実だ」
金の話が出て来てルッツの不快感が一気に膨らんだ。騎士団は金が欲しいから商人に難癖をつけた、そうとしか考えられない。
「保釈金が払えなければどうなるんだ?」
貧乏人同士の懐具合はなんとなくわかる、というクラウディアの言葉が思い起こされた。彼女はルッツよりは金持ちだろうが、こうした時にまとまった額が出せるとも思えなかった。
「さあね、娼館で見かけたら買ってやれば?」
ジョークと呼ぶにはあまりにも悪趣味な店主の物言いであった。以前ならルッツも一緒に笑っていたかもしれないが、今はとてもそんな気にはなれなかった。
黙って立ち上がり、背を向けるルッツ。
「おい、一杯くらい飲んでいけよ!」
店主が声をかけるが、ルッツは振り返ることなく店を出て行った。
翌日、ルッツは城塞都市の門をくぐった。出来る限り見栄えの良い格好をしてきたつもりだったが門番に呼び止められ、小銭を握らせねばならなかった。
ギルドに所属していないので鍛冶屋ですと名乗るわけにもいかず、門番からすればルッツは住所不定無職の薄汚い男に過ぎない。止められるのも当然と言えば当然であった。
綺麗な街並みだ。ちょっと見上げれば領主の屋敷である小城も見える。活気に溢れ誰もが目的を持って歩いている。
ここに、自分の居場所は無い。
独りで感じる孤独よりも、喧騒の中で感じる孤独の方がずっと辛い。ルッツの気分は際限なく沈んでいった。
汚物処理の為に放し飼いにされた豚が我が物顔で進み、人々はそれを避けて歩く。
豚でさえこの街で仕事があり、居場所がある。
そこまで考えてからルッツは自分の思考がおかしな方へ向かっていることを自覚した。さすがに豚に嫉妬は人としてどうなのだろうかと。
騎士団の詰め所へとたどり着いた。二階建ての詰め所は全体的に色が暗く薄汚れており、
騎士と言っても様々である。美しいプレートアーマーに身を包み貴人を守り戦場を駆ける者から、それこそ身分が保証されているだけの野盗まで。ここは後者であるようだ。
中へ入ると早速ガラの悪い男が近づいて来た。
「なんだてめぇは。物乞いならよそに行きな」
男の後ろから沸き起こる笑い声。あからさまに他人を見下した、聞いていて気分が悪くなるような笑い方だ。彼らの品性には最初から何も期待していなかったので、ルッツは話を進めることにした。
「クラウディアという女が捕まっているだろう。保釈金を払いに来た」
対応した男は一瞬、何の事だかわからないといった顔をしたがすぐに思い出したようだ。
「うん? ああ、あの商人か。誰も引き取りに来ないんであと何日かすれば奴隷落ちする所だったんだがな」
男は下卑た笑いを浮かべた。罪人であることが確定すれば後は何をしようがお構い無しということか。
逆に考えれば今はクラウディアの身は無事なのだと安堵した。
半グレ集団に近いとはいえ彼らも一応は法の範囲で動いている。言いがかりに近い理由で商人を捕まえた上に集団暴行とまではしなかったようだ。さすがにそこまでやれば商工会からの反発も強くなるだろうし、面倒事を嫌う上層部から咎められもするだろう。
「保釈金は金貨二十枚だ。兄ちゃん払えんのかい」
男はルッツの全身を舐め回すように眺めた。どこをどう見ても金に縁の無さそうな奴だ。
「そんな金は無い」
「じゃあ帰りな。あのお姉ちゃんは俺らが面倒見てやるからよ」
ルッツは無言で腰から刀を
男たちは目を見開き、一斉に立ち上がった。
「いや、待て待て。詰め所荒らしに来た訳じゃない。クラウディアを解放してくれるならば、こいつをくれてやろうという話だ」
「……そいつが金貨二十枚の価値があるって、どう証明するんだよ」
「ぱっと見でわかるだろう。貧乏貴族の次男三男が腰にぶら下げているなまくらの方が立派だと思うのであれば、俺から言うことは何もないが」
ルッツの物言いに腹を立てはしたが、誰もが美しい刀身から目を離せなかった。一生に一度は、他の何を犠牲にしてでもあんな刀を差して歩きたい。無頼どもにそう思わせるだけの魅力があった。
「……いいだろう、そいつを寄越しな」
応対した男が代表して言うが、ルッツは静かに首を横に振った。
「クラウディアの解放が先だ。彼女と一緒に詰め所を出た時に渡してやる」
「てめえ、自分の立場がわかっているのか? 取引に応じるも応じないも俺たち次第だ。何だったらこの場で囲んでぶち殺してやってもいいんだぜ」
「貴様こそいいのか。この機会を逃せば名刀を手にする機会は一生無いぞ。実力行使も辞さないと言ったようだが……」
酷薄な笑みを浮かべて切っ先を男に向けた。
自分はどうしてこんなにも落ち着き、堂々としていられるのか。それはこの刀を握っているからだろう。刀の妖しい魅力に呑まれつつある。ルッツは頭の片隅、冷静な部分で恐怖を覚えてもいた。
「こんな刀を持っている奴が、ただの一般人だとでも思っているのか」
「うっ……」
男は自信無さげで腰が引けていた。ルッツは冷笑を浮かべ、刀を手元で一回転させてから鞘へと納めた。妖しくも緊張した空気が、すっと薄くなるのをルッツ自身を含め誰もが感じていた。
「さあ案内してくれ」
「チッ、付いてこい……」
男はわざとらしく大きな舌打ちをしてみせた。その程度の抵抗しか出来ることはなかった。
湿った、薄暗い地下室。カビとホコリの臭いが充満する石造りの牢獄。
近付く複数の足音にクラウディアはびくりと肩を震わせた。これから自分は何をされるのか。処刑か、それとも……。
怯えた瞳で見上げると、そこには松明を持つ騎士と見慣れた男の顔があった。
「ルッツ……」
全てを理解した。自分が助かったのだという事と、その為に彼が何を差し出したのかという事を。
心の底から安堵していた。そして、安堵した顔を彼に見せることがとんでもなく無礼な行いのような気がして顔を伏せた。
「出ろ、釈放だ」
騎士が鍵を回し、鉄格子が開かれた。
「行こう」
ルッツが差し出す手を恐る恐る取ると、ぐいと力強く引っ張られて立たされた。
精神的にも肉体的にも疲労しており、真っ直ぐ歩くことすら困難であった。見かねたルッツが肩を貸し、慎重に階段を上がった。
騎士たちの殺気だった視線を潜り抜け、太陽の光を浴びるとクラウディアはようやく助かったのだと実感が湧いてきた。この場で倒れてしまいたかったが、ルッツにがっちりと掴まれてそうもいかなかった。
「おい、約束だ。剣を寄越せ!」
先ほど鍵を開けた騎士が怒鳴るように言った。どこか正気が薄れているような、危険な雰囲気を
「これは剣じゃない、刀って言うんだ。覚えておけ」
ルッツは妖刀を詰め所の中へ放り投げた。騎士たちがあわててキャッチする。
そんな騒ぎに目もくれず、ルッツたちは詰め所を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます