煮えたぎった憤怒
夕日が紅色に廊下を染め上げる。合唱部のコーラスが元気よく通って、カラスの鳴く声とハモリを生んだ。
辺境の高校に進学したおかげで中学時代の噂を耳にする機会はなくなった。彩葉は持ち前の明るさで友達に囲まれているし、あっち側のアヤハにも理解者がいる。
靴紐を結び終えた後、視線を外に向けた。すると正門付近に人影がふたつ、目に止まる。
「やりきれない気持ちってどこにぶつけたらいいと思う?」
聞こえてきたのは”あっち”のアヤハの地を這うような声だった。
全身がしびれるように動かなくなった。
「あやっちさぁ、少し追い詰められすぎ」
軽い返答だ。ギャルっぽい声で……彼女はたしか津々良穂波。日頃からアヤハと仲良くしているところを見かける。
「でも……」
「そういうかわいい感じも悪くないと思うよ、ただちょっとあやっちらしくないかも」
慣れた手つきでキーチェーンを回しながら首を傾げた。
「でもまぁ、気分が晴れないときってゲーセンっしょ。格ゲーにぶつけようぜ」
脳天気な穂波に対してアヤハは若干戸惑っている。元気づけようとしているのだろうが、アヤハの神妙な面持ちが解けることはなかった。
興奮をなだめるように肩に手を添えた。
「じゃぁさ徹底的にいじめちゃえば良くね?」
アヤハは一歩後ずさる。
いじめに関してアヤハもひどく経験してきた。
決心するように何度か瞬きを繰り返してからアヤハはそっと唇を動かした。
「あいつをいじめて潰す」
アヤハの選択は僕にとっては血の気が引くことだ。
すると突然アヤハは気の抜けた表情に変わる。
また入れ替わりが起きたのだ。
「……ん?」
彩葉は状況を読み込めておらずあたりをキョロキョロと見回していた。
慌てふためく彩葉にわかりやすく穂波は苛立ち始めた。
「ねぇ返事してよあやっち?」
「な、なに?」
「どうやっていじめるかってことだけど」
穂波のトーンが一段階下がる。彩葉は訝しげに目を細めた。
「ごめんなさい。ちょっとぼんやりしていて」
「はぁー? ったく、集中しろよな?」
悪魔から小悪魔に戻った穂波はぷはっと大きな笑い声を上げる。
「宇和田紘をぶっ壊すいじめ方、一緒に考えてやっからさ」
相変わらず穂波はゲームに誘うような楽しい口調だった。
対照的に彩葉の目の色ははっきりと敵意に満ちていく。目に取れるように火花が散っていた。
「そいや、アイツあやっちに妙に距離近いとこあるよな。陰キャのくせに生意気って感じはすげ~わかる」
嘲笑を交えながらの穂波の言葉は止まらない。
「振り向いてくれない人を裏で悪く言うタイプ? うわ、サイテーだわ。あんなヤツボコボコに殴りまくれば十分じゃ────」
バチンと甲高い音が辺りに響き渡る。
今度は梢すら靡かない静寂が訪れた。
「ふざけないで」
彩葉が振りかぶった平手を思い切り穂波の頬に当てたのだ。
「あやっち……どういうこと?」
しばらくあっけらかんとしていた穂波もすぐに楽しげだった目を釣り上げて、血管を浮き彫りにさせた。
両者の眼差しに光は灯っていなかった。強気な睨み合いで臨戦態勢を崩そうとはしない。
考える前に僕は脚を動かしていた。
張り詰めた真っ黒な怒気の中に無理やり身体をねじ込んだ。彩葉の驚いた表情を横目に穂波の刃のような視線が突き刺さる。
「全然理解できないよ」
放心した穂波に僕は会釈した。
「津々良さんだよね、いつも彩葉がお世話になっています」
逃げるように僕は彩葉の手を取った。
……もしかして何もしないほうが良かったのでは?
彩葉から手を出したのだから風向きは悪い。どうにか自分を納得させて、前を見据える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます